| 同郷の作家金鶴泳に心ひかれ
高崎市の群馬県立土屋文明記念文学館で、作家金鶴泳の生涯と作品を紹介する企画展を行った。展示会場には2月から3月にかけて40日間、1300人が訪れた。今は東京とソウルで展示会を開く準備のため走り回っている。
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「金鶴泳企画展」のために奔走する毎日だ |
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金鶴泳は、田口さんにとって群馬県の同郷人という存在だ。多野郡新町(現・高崎市新町)の町立新町小、中学校の先輩にあたる。
金鶴泳さんが自殺したことを報じる新聞を通じて、田口さんは初めて金鶴泳のことを知った。1985年正月、都留文科大学2年の時だった。作品集を読んだ。そこは故郷の風景描写に満ちていた。
大学を卒業し教員を13年勤めた後、群馬県立土屋文明記念文学館に勤務した。県には萩原朔太郎、田山花袋らの作家がいる。詩人で初代館長であった故伊藤信吉さんは金鶴泳を高く評価していた。
「60年安保」を自分たちの世代の生き方のなかに位置づけたいと思ってきた田口さんにとって、1966年に長編処女作『凍える口』を発表した金鶴泳は、60年安保の世代を描く作家の一人にほかならなかったという。
遺稿「土の悲しみ」が金鶴泳の最終編と見られているが、作品集に編まれていない作品がまだある。136回までで未完におわった新聞小説「序曲」や映画少年時代などを綴ったコラム「ポプラ」、創作ノートがそうだ。それらを集めた出版計画も胸に温めている。
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