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2008年4月23日発行
 
故郷泗川で除幕式  韓国人特攻隊員の慰霊碑を
 

光山文博(卓庚鉉)元少尉
女優黒田福美さんが呼びかけて

 第2次世界大戦末期に戦死した韓国人特攻隊員の慰霊碑が、5月11日、彼らの故郷、慶尚南道・泗川市に建てられる。慰霊碑の建立を呼びかけたのは、女優の黒田福美さんだ。慰霊碑建立を決意するきっかけは、黒田さんが17年前の夏に見た、ある不思議な夢だった。(溝口恭平)
 「自分は日本軍人として戦争で死んだ。死んだことに後悔はない。だが、朝鮮人であるのに、なぜ日本人の名前で戦死者として刻まれているのか。残念だ」
 黒田さんの夢に現れた軍服姿の韓国人青年はこう訴えたという。最初は何を言っているのか分からなかったが、「ただならぬ夢だ」と感じた。黒田さんは夢のことを忘れることができなかった。
 95年、夢の内容をある新聞に投稿した。偶然記事を読んだという靖国神社広報担当者から連絡があり、黒田さんは夢の青年とおぼしき「光山文博」という元日本軍少尉の遺影と対面する。
 調査を進めていくうち、光山元少尉が卓庚鉉(タクキョンヒョン)という韓国人青年であったこと、1945年5月11日に鹿児島・知覧飛行場から特攻に出て帰らぬ人となったことなどが判明した。
 黒田さんは東京大学客員教授の洪鍾(ホンジョン)ピル氏の協力を得て卓元少尉の生家を探し当てた。
 洪教授は大田昌秀沖縄県知事(当時)の依頼を受け、1990年代から糸満市の「平和の礎」に刻まれている韓国人戦没者の調査を続けてきた。洪教授が黒田さんの考えに同意したのは「歴史家の使命は歴史から学び、平和への願いを訴えること」という信念があったからだという。
 黒田さんと洪教授は何度も泗川市を訪れた。当初は卓元少尉の生家近くに、小さな石碑を置く予定だったが、金守映市長をはじめとする泗川市民の協力で、市内の「木槿の花公園」が慰霊碑設置場所として提供された。
 韓国を代表する彫刻家の高コ承スン観ガン氏も慰霊碑建立の趣旨に賛同し、卓元少尉の彫像を刻むことになった。
 慰霊碑建立の動きは韓日両国のメディアにも取り上げられ、当時の学徒動員兵や退役軍人からの問い合わせも相次いだ。
 黒田さんは「驚きを感じながらも、何かに導かれているような気がする」と話す。
 5月10日、慰霊碑の除幕式が行われる。当日は泗川市「市民の日」であり、卓元少尉の祭祀が行われる日でもある。


「特攻」戦死者が夢に現れて・・・

 「はじめは『夢に現れた兵士を慰霊したい』という気持ちでした。今では卓さんが、世界各地に散らばる名前を奪われた戦争犠牲者の代表として、私の夢に出てきたような気がしています。除幕式は一回きりのことですが、これを契機に日韓の心の交流が新たに芽生えることを祈っています」

 
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