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2008年4月9日発行
 
編集余話 瞻星台 
 
戊辰の恨み

 テレビの、「歴史モノ」番組には困ったものだ。子供たちを正史から遠ざけるばかりだ。目をしかめる一般視聴者も少なくないという。折もおり、TBSが、2月に放映した番組の誤りを認め、謝罪放送するという▼その番組は、戊辰戦争で鶴ヶ城が開城したのは「糞尿が城内にたまったため」というのを答えにしたのだから大変だ。籠城は、兵糧の搬入と糞尿処理の計画を予め立てて始まるというのは歴史の常識だ。会津若松市が抗議した▼思い出されるのは、明治維新から130年の節目の年となった1998年、秋田で戊辰フォーラムが開かれた時のことだ。会津市長と萩市長が相まみえた。萩市長は「和解を」と手を差し出したが、会津市長は拒否し、「会津市民がそれを許さない」と言った▼賊軍とされた会津藩と、会津を朝敵として攻めた主力の長州藩(萩)。戊辰の恨みが解けないのだと、会津を訪ねた時、故老たちから聞かされた▼神保町に「○に十字」の暖簾を下げた店があった。薩摩揚げと薩摩焼酎しか出さない店だったのだが、そこに入って「会津ほまれはある?」と訊いた。「言うね。お客さん」。主は余裕の表情だった。会津若松市の「武家屋敷」近くにある地酒屋にも行ったことがある。そこでも聞いた。「薩摩焼酎はある?」。会津藩士を先祖に持つという主は、振り返り私をにらみつけた▼会津では先の戦争でのことより、戊辰戦争での被害意識が強いと言う人々がいる。歴史の記憶は長く、その中には皮肉な例もある。維新政権にやられた会津だが、例えば旧藩士・林権助などは、小村寿太郎らと共に、日本の韓国支配を決めた「日韓議定書」の締結に手腕を発揮した。歴史は被害と加害を瞬時に逆転させるという人の世の有為転変を垣間見させる。テレビの歴史番組も少しその辺のことをやってはどうか。(M)

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