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2008年4月9日発行
 

チベットで何が 祈りと抵抗と −3−

 

“不気味な夢”から覚めたドイツ

 チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が10日、訪米の途中で日本に立ち寄るという。
 ダライ・ラマにトランジット・ビザが支給されたことを日本政府が明らかにしたのは4月1日だった。

メルケル首相とダライ・ラマ14世(07年9月、ベルリンの総理府官邸で)=AP・聯合ニュース)
 
   

 同じ日、中国外務省副報道局長・姜瑜(ジャンユー)は 、「どんな名目があろうと、どんな身分を名乗ろうと、ダライ・ラマが外国に行き、祖国分裂活動に従事することに反対する」と不快感を表していた。
 打てば響くように、日本政府は、接触すべきでないという中国政府のメッセージを、その日のうちに受け取った。
 「ダライ・ラマ14世は何度も日本に入国しているし、その都度、適切に対応している。今後もそういうふうにする」(高村外相)。
 「政府関係者と面会する予定もない。日中関係に悪影響はない」(外務省)
 ダライ・ラマはおそらく、日本政府関係者との接触がないまま米国に向け成田を発つはずだ。
 思い出されるのは、昨年9月のダライ・ラマのベルリン訪問である。独首相アンゲラ・メルケルは9月23日、ベルリンの総理府官邸にダライ・ラマを迎え入れた。
 中国政府はやはり強い反発を見せた。
 「ベルリン側とダライ・ラマとの会見は誤りだったと認めれば、独・中の友好関係は継続できる」(11月28日。温家宝首相)
 ドイツ経済界はあわてた。独・中関係は冷え込むのではないかと懸念し、中国の求めに応じるべきだと政府に訴えた。
 「誰と会うかは自分で決める。私は会見すべき人と会見した」(12月2日)
 メルケルの姿勢は明確だった。政府報道官ウルリッヒ・ヴィルヘルムは、もっと明快に答えた。「人権問題は独・中間だけの問題ではない。EU全体と中国との極めて重大な議題だ」
 ドイツメディアはほとんど政府の対応を支持した。
 最有力紙『ビルド』は、「ダライ・ラマとの会見の決断は正しかった」とし、「シュタインマイヤー外相も北京の圧力に対抗して、自分と同じ立場をとってほしい」という首相の言葉を載せた。
 『南ドイツ新聞』の社説は圧巻だった。
 「政府首脳が果敢に人権を提起し、中国に偏向したドイツのアジア政策を中止した。過去数年間、コールやシュレーダーは執権中、中国をドイツとの特別な友好関係として扱ったが、ドイツは中国に対してひれ伏した。北京は人権を踏みにじることができると思いこんだ。だが、それが勘違いだと今わかったはずだ」
 うがった見方もあった。たとえば、中国の人権問題をタブーにしていたドイツがそれを破ったのは、ドイツの中国への輸出が輸入を大きく下回ったからにすぎないという指摘だった。
 『南ドイツ新聞』の論説は「確かにドイツはこれまでに十数億人という巨大な市場への夢に長く浸り過ぎた」と述べ、こう言い添えた。
 「だが、メルケル首相は(非人道的な)不気味な夢からドイツ人を目覚めさせた。中国へのむやみな熱望はもっと早くに冷めるべきだった」
 中国との経済の相互依存関係が深いという事情は日本も同じだ。しかし、日本とドイツは、対中政策で天地ほどの差を世界に見せつけた。その差を最終的に決定づけたのは、“不気味な夢”から目覚めるか否かの違いであったのか。
 ナチズムを生み、それゆえスターリニズムを許してしまったと振り返るドイツ。メルケルはその旧東ドイツ出身だ。彼女にとって対中政策は、人権問題が経済問題よりもはるかに生々しい現実となって浮上したのだと、少なくとも、二つの全体主義を生きたEU内の旧東欧諸国は理解している。
 そう言えば、ドイツ連邦議会議長ヴォルフガング・ティールゼも旧東ドイツ出身だった。05年4月に訪中した時のことだ。中国共産党幹部たちから、日本批判を求められてティールゼはこう答えた。
 「ある国家が他国に対して過去の罪を問う場合、最も優れた方法は、その国家が先に自分の過去の苦痛を深く反省して見せることだ」
 チベット騒乱は、ティールゼの言うその「過去」をあぶり出そうとしている。
 (編集委員 梁基述)

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