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燃やされる「五星紅旗」 叫ばれる「独立」
2008年3月、チベットで何があったのか。
中国政府は3月21日、新華社を通じて「3・14事件の真相」という調査報告書を出した。大規模暴動は、10日午後、市街地への突入を企てた300人の僧侶らダライ集団が多くの人を扇動し、暴徒が警官や市民を襲うことから発生した…のだという。
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中国政府との対話を求めるチベット僧侶たち(3月27日、インド)=AP・聯合ニュース |
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チベット・サポート・ネットワーク・ジャパンは、3月10日の出来事について、「チベット民族蜂起から49周年の3月10日、チベットの国旗を振り、ビラを配るなどの抗議行動を11名ほどのチベット人が開始した。この抗議者たちはツクラカン大聖堂の外で激しく殴打され拘束された」と、新華社とは異なる報告をした。
アムネスティによれば、10日以前に僧侶たちは、中国当局から、ダライ・ラマへの批判文を書くよう脅迫されていて、これに対する抗議も行われた。僧侶たちの行動はきわめて穏やかなものだったという。
「暴動」と伝えられる14日のラサ事態の発端についてアムネスティは、「捕らわれた僧侶たちの釈放を求めて集まった群集に向けて警察と軍は催涙ガスを発砲、電気棒などを使用して抗議行動参加者を殴打し、群集を解散させるために実弾を発射しました」と報告している。
10日に始まったささやかな抗議行動が、14日に大規模暴動へと発展したのは事実のようだ。
3月10日(59年に起きたチベット動乱、ダライ・ラマ亡命の日)をチベットの人々は毎年思い起こす。49周年に当たる今年その日、僧侶たちが脅迫され連行されるという事態が重なった。
北京五輪が近づいていて、北京では全人代が開かれてもいた。過酷な人権状況を世界に向けて訴える絶好の機会と捉えていたのかもしれない。抗議行動に出るべき理由と事情はあったと見るべきだろう。
10日から14日にかけて様々なことがチベット人の胸のうちを駆けめぐったにちがいない。彼らは、日本のマスコミが伝えるような「確かな自治」ではなく、「独立」を叫んだ。最もシンプルで最も重大な要求だった。
奇しくも、14日は「反国家分裂法」が採択された日に当たっていた。
05年3月14日、第10期全国人民代表大会第3回会議で可決されたこの法律は、台湾の独立を認めない旨を骨子として、直接的にはチベットや新彊ウイグルなどを指してはいないが、第5条などで、「一つの中国の原則を堅持することは、祖国平和統一実現の基礎である」と謳っており、少数民族地域では、自分たちの独立を非合法化したものと見なしている。法律がそのことを意図していないとは誰も思っていない。中国当局自身も。それは、正式には「国家分裂防止法」である。中国政府と、ほとんどの漢族が、「独立派」を「分裂主義」と呼ぶいわれは、彼らなりにあるということか?
中国政府は、最高刑を死刑とする「国家反逆罪」の適用を決めた。分離・独立は絶対に認めないとする中国の決意は、人民解放軍を投入してまでの過剰な鎮圧行為に示された。
だが、人々は、ラサで、青海省、甘粛省、四川省で、「五星紅旗」を燃やした。
治安部隊の鎮圧で犠牲者がどれほど出たのかについてはいまだ明らかにされていない。厳格な報道規制も解かれた訳ではない。中国政府は3月26日、AP通信、ウォールストリート・ジャーナルなどの米メディアや、香港などの報道機関に取材を許可した。
前日にそのことを知った香港のジャーナリストC氏は、「明日、ラサに発つ」と電話で話しながらも「彼らが許可したかぎり、行ったところで何も掴めないということだ」と語った。フィナンシャル・タイムズは、19年前のラサ暴動の時とは事情が違うと見て、周到な取材準備を行ったという。
「オリンピックを前にして彼らには明らかに怯みがある。19年前のように簡単には国際社会を黙らせるのは難しいし、今度こそそのようにさせてはならないと皆が思っている」
27日、取材のようすは伝えられた。C氏の言うように、案の定、記者たちの意気込みは中国側の厚い監視の壁を前にまったく通じていない…。
(編集委員 梁基述)
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