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私は金正日との闘いを止めない 米中の宥和政策にも負けない 櫻井よしこ編
変心する米国、日本政府批判の小気味よさ 評者・萩原遼
拉致の解決はなぜ進展しないのか。私もよく聞かれる。何といってもアメリカの変心が大きい。
北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んで武力攻撃もほのめかしたアメリカが、金正日ににこやかに手を差し伸べ始めた。これほどぶれるアメリカに嫌気がさしたという人も多い。
こうしたなかで、日本国民の力をもとにあくまで金正日との闘いを止めないと宣言する櫻井さんの本は大きな励ましである。
政府や警察などは北朝鮮による拉致の事実を早くから知りながら見て見ぬ振りをしてきた、と著者はいう。政府内部の北朝鮮シンパたちが妨害した。いわく、「北を刺激すれば暴発する」「誠意を示せば誠意でこたえてくれる」とコメの提供に熱中する政府高官。外務省幹部は拉致被害者10人ぐらいで日朝国交正常化が止まっていいのかとまで言った。
四面無理解のなかで倦まずたゆまず全国を回って街頭で訴え、状況を変えた拉致被害者家族や支援者に対する著者の敬意がこめられている。
拉致のラの字もない「日朝平壌宣言」に署名し、日本から多額の経済援助を献上しようとした小泉前首相を「日本外交史上まれに見る汚点」と手きびしく批判。策を弄して署名に誘導した田中均(当時外務省太洋州局長)、彼を重用した福田官房長官などを痛烈に批判していて小気味よい。
憲法や安保問題では私とは立場は違うが、拉致に関しての見解はほとんど同じであることがうれしい。
また、北朝鮮に対しテロ支援国の解除へと進むアメリカの政策は日米の同盟関係を損なうと、政府ははっきりと告げよと主張しているのも同感である。
拉致解決が進展しないいまこそ過去を検証し、新たな道を切り開く上で示唆に富む本である。
はぎわら・りょう ノンフィクション作家
■ 風の馬[ルンタ] 渡辺一枝著
カメラがとらえたチベットの人と自然 評者・須藤功
チベットの大地と、その大地に生きる人々を撮った、モノクロの写真集である。
北京オリンピックのからんだ世界の動きに目をそらし、自己紹介をかねた撮影者の短文も読まずにページをめくるなら、きっとこんなチベットに行ってみたいという気持ちを抱かせるだろう。
ためらいつつなお記すならば、自然の中に生きる、心豊かな人々の住む国であることが、素直で温かなカメラアイの写真の1枚1枚から伝わってくる。
ためらいというのは、自然の中に生きるということと、心豊かなという意味が、現在の都市に暮らす若い人には、ほとんど通じないのではないかと思われるからである。
自然の中に生きるということは、自然の厳しさも感受しなければならない。それには互いの助け合いが必要になるが、その助け合いが豊かな心を育むことになる。
解説のページを除いた70枚ほどの写真は、かつて日本にもあった、そうした自然の中に生きる姿をしっかりと物語っている。
こうした生活や人々の写真を撮ることができるのは、勇気でも決心でもなく、ひとえにカメラを手にする者の人柄である。
国や民族が違い、言葉が不十分であっても、にじみ出る人柄におのずとカメラへの可否が示される。
日本にもまだ、こうした人柄の結びつきで写真が撮れる人がいたんだという、うれしさをもたらしてくれる写真集でもある。
すとう・いさお 民俗学写真家
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収容所に生まれた僕は愛を知らない 申東赫著 李洋秀訳
「完全統制区域」から脱出した!
北朝鮮の政治犯収容所から脱走した著者が、収容所内での生活を一冊の本にまとめた。
著者・申東赫が生まれたのは、北朝鮮平安南道・价川市の价川14号管理所。「完全統制区域」という、外界から完全に遮断された政治犯収容所だ。申は完全統制区域から脱出して韓国にたどり着いた唯一の収容者だ。
著者は脱北するまで、収容所の外を知らなかった。収容所で生まれ育った。著者は、その生い立ち、家族との生活、学校生活から強制労働に就くまでを、心情を吐露することなく、事実だけを淡々と書いている。
心情描写の不足は、著者が文章を不得手としているせいかもしれないが、そこが逆に本書の緊迫感を伝えている。収容所の過酷な現実が、彼の心情そのものをそぎ落としたのだと読みとれなくもない。
「自分が罪を犯したのだから、命ぜられるままに従順に暮らさなければならない」
収容所の人間はそう思い込まされていたと著者はいう。収容所に生まれただけの者ですら、両親の罪を償わなければならないと、収容所の生活に何の疑いも挟まなかったという。
殴られる痛みや空腹感、寒さは感じても、それらを当然のことのように受け止めてしまう。淡々と、体験した出来事だけを見つめる筆致は、完全統制区域の政治犯収容所の生々しさを浮かびあがらせている。
(文化部・溝口恭平)
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幻の大連 松原一枝著
「かつてあった世界一美しい街」
かつて日本の植民地であった中国・大連を「植民地のなかでおそらく一番美しい都会であったに違いない」と本書は言う。
日露戦争に勝利した日本は、ロシアが残していった建設地図を基に、ヨーロッパの面影の濃い街をつくった。
著者はその街で生まれ、青春時代を過ごした。本書には、内地の人たちとは一味違った著者の生活が活写されている。
現地の中国人を下働きに雇い、何不自由なく暮らしていた満鉄社員の家庭。
厳格ではあるが、子供たちを伸び伸びと育てる両親の元で暮らす著者の前を、張作良、川島芳子、満州国皇帝や皇后など今や歴史の中でしか語られなくなった者たちが通り過ぎ、あるいは、大陸を舞台にうごめく得体の知れない人たちが現れては消えていく。
大陸に様々な思いを抱いて渡っていった日本人と、大陸に突如出現した満州国が蘇る。
春になれば、真っ白なアカシアの花が咲き、大連は甘い香りに包まれる。
92歳となった今も著者は、その光景、その香りを追憶の中にとどめようとしている。幻を追うように。
(文化部・松村牧子)
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