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映画資料館が1周年
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5000点のフィルムを所蔵する神戸映画資料館 |
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95年1月の阪神淡路大震災で、在日韓国・朝鮮人の多住地でもある神戸市長田区は甚大な被害を受け、商店街は焼失した。あれから13年―。街はまだ空家が目立ち、元のにぎわいをなかなか取り戻せない。そんななか、映画とともに発展してきた国際都市神戸に映画ファンが集える施設が誕生した。神戸映画資料館―。商店街活性化の夢を乗せて、24日に一周年を迎える。 (大阪支社・韓登)
明治29年(1896年)、日本の映画上映の第一歩を刻んだのは港町神戸だった。映画館は新長田南地区だけで5カ所あった。その映画館が震災ですべてなくなってしまった。「映画文化のセンターを復活させたい」という街の願いを、映画資料館=長田区腕塚町5―5―1=は一歩実現した。
上映スペース30席。神戸在住の映画コレクター、安井喜雄さん(資料館館長)が過去40年にわたって収集してきた内外5000点に上る映画フィルムを所蔵している。日本はもちろん、国際的にもオンリーワンのアーカイブ資料だ。
運営は、事業主体の「新長田まちづくり(株)」と映画文化促進目的のNPO「神戸プラネット」。
「映画のアーカイブ資料館ができたのは奇跡に近い」と、アジア映画社=神戸市灘区=代表の朴炳陽さんは言う。
安井さんと朴さんは、20数年前、全斗煥政権下の韓国で番組制作したことがある。朴さんはその時、膨大なコレクションのことを知った。
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館内のシアタースペース |
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「安井さんの存在がなければこの資料館はなりたたない」
映画による街づくり構想は、NPO法人「神戸プラネット」など市民グループが、行政をまじえ、新長田商店街の活性化を模索している段階で浮上した。神戸プラネットの金宣吉さんは運営委員として資料館に加わっている。金さんはデイサービスなどで外国人高齢者を支援するNGOのメンバーだ。
「神戸市は再開発ビルを建て街を元の状態に戻そうと計画したが、現状はシャッタービル(空室)のようになっている。NGO活動がきっかけで映画関係者を知ることになり、神戸を映画文化の発信拠点にしようというプランが沸いた」と言う。
商工会議所や学校の文化活動の一環として映画上映のほか、映画専門学校をつくる夢もある。
これまでの上映で韓国映画も人気があるという。朝鮮戦争をテーマにした「野菊が咲いた」は感動を呼んだ。
韓国映画は、5月末までは無料月間。林権澤監督「開闢」(91年)などが予定されている。「新越後情話」(石山稔監督、1953年)など日本映画秀作も上映を控えている。
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