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2008年3月12日発行
 
「力つきた。祖母のもとに行く」
 


遺族、金鶴泳さんの2通目の遺書を公開
願いを託した言葉も

公開された2通目の遺書。弟の武正さんに宛てて書かれている

 作家金鶴泳さんの2通目の遺書が、遺族の手によって23年ぶりに公開された。「力つきた。祖母のもとに行く」で始まる遺書は、弟の武正さんに宛てたもので、「実の弟だから託す」という故人の願いがしたためられている。これまで、妻の朴静子さんと2人の子どもに宛てた1通目の内容だけが知られていた。2通目の遺書は、生まれ故郷、群馬県高崎市で開かれている生誕70年を記念する展示会=本紙3月5日付既報=で9日から公開されている。
 金鶴泳さんは、1966年に「凍える口」で文壇に登場した。自らの息吹が伝わるように描写される作品は、精緻であり、「在日」という枠に囚われない視点は新鮮な衝撃を与えて、読む者の心に残りつづけた。
 400字原稿用紙3枚に綴られた遺書は、「力つきた。祖母のもとに行く。兄がいもなく、最後まで迷惑のかけっぱなしの上に、また大きな迷惑をかけることになるけれど、どうか許してほしい。」と、死を選択するに至ったことを詫び、2つの願いを、武正さんに託している。
 1つは、「夫として何もしてやれなかった。そのつぐないとして」と書かれており、妻・静子さんの夢であった家を建ててもらいたいという気持ちだ。

金鶴泳(1984年)

 もう1つは、生計費を用立ててくれた日本の友人や、飲み代を猶予してくれた店に義理を果たしてほしいという気持ちだ。死を覚悟して、心残りというにはあまりにも、素朴で悲しすぎる言葉だ。
 「力つきた」と言う。作家として名を成し、執筆依頼が続いていた金鶴泳さんに、いったい何があったのかは知る術もないが、自殺した当時、藤岡署は「創作に行き詰まって」と発表したことに対し、遺族は「そういうことはない」と反発した。
 遺書の最後には、父母への伝言が添えられている。
 「最後になってしまったけれど、アボジ、オモニに次のように伝えてくれないか。…“親孝行を何もできずにきたうえに、両親に先立つという最大の親不孝をあえて為すという、このおろかな息子をどうぞお許し下さい”」
 兄弟姉妹へのあいさつのあとに、「“自殺”は、ぼくの物心ついた頃から胸にしみついた観念だった。」と伝えている。
 おそらく、一気に書いたのだろう。1通目の遺書も、2通目の遺書も日付は「1960年1月4日午前2時」となっていた。

 

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