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蘇える「凍える口」
作家故金鶴泳さんの生涯と作品を紹介する展示会が群馬県高崎市で開かれている。「生誕70年 金鶴泳―愛を求めて」と題した催しには、金鶴泳さんを偲んで多くの人たちが訪れている。3月16日まで高崎市の土屋文明記念文学館で行われる予定だ。(文化部・仲田功)
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ありし日の金鶴泳氏(1976年12月)。統一日報論説員室で |
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日本近代文学史に足跡
金鶴泳さんは66年、「凍える口」で文芸新人賞を受賞し、日本の文壇にデビューした。その後、「石の道」「夏の亀裂」「冬の光」「鑿」などの作品で芥川賞候補に4回上がった。
74年からは『統一日報』の論説委員をつとめ、コラム「ポプラ」やエッセイを多く執筆した。最後となった小説は「序曲」で、『統一日報』に連載されたが、136回目の途中で終わった。
85年1月4日、生まれ故郷であり実家でもある群馬県高崎市新町の「美好園」で自ら人生を閉じた。
金鶴泳さんの作品には、観念的な「在日」の姿は描かれていない。たとえば、文芸賞受賞作「凍える口」には、「在日」という表現のかけらもない。「吃音」の世界に全てが凝縮されている。文学というのにふさわしい作品を残した数少ない在日韓国人の作家であったと言える。日本語の表現が研ぎ澄まされ、日本の情景がそこはかとなく著されている。
いわゆる「在日作家」というには、その枠を超えていた。
その作品は日本近代文学史において重要な位置を占めているとは、多くの文芸評論家の評だ。今回展示会を主催した土屋文明記念文学館の田口信孝さんは、「もちろん異論のないことだ」と言った。
田口さんは金鶴泳さんとは同郷だ。親交はなかったが、その作品の群れに埋もれるように読み耽った時期があるという。
金鶴泳作品の中には、高崎市新町の風景が多く登場する。「上州のからっ風」という。『凍える口』の中にも「烈しい北風」の描写が随所に現れる。2月、烈風吹きすさぶ、高崎市新町の鳥川土提。実家近くのこの土手を歩いた。金鶴泳の世界がそこに見えるような気がした。
群馬県立土屋文明記念文学館=問い合わせ TEL=027・373・7721
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