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政治
2008年3月5日発行
 
新政府スタート つきまとう「北」の影
 
「脱北者をまた見捨てるのか」

 韓国の新政権で、統一部長官に内定していた南柱洪・京畿大教授が2月28日、突然、就任を辞退した。マスコミは、背景に、子どもの二重国籍問題や、不動産投機疑惑などがあると報じているが、決定的な要因は親北勢力から“反統一勢力”と批判されたことにあると見られる。南柱洪教授の代わりに統一部長官に内定したのは、金夏中駐中国大使だ。金夏中氏は、金大中政権で外交安保首席秘書官となり、対北朝鮮融和政策などの調整を担当してきた。保守陣営からは、「対北政策の変更を訴える新政権にふさわしくない」と反発の声が挙がっている。金夏中氏だけの問題ではない。統一部と同様、北朝鮮側との接触が多い外交部長官と国防部長官にも、親北政権下で要職に就いていた人々が登用されている。新政権下でも「太陽政策」が続くという見方はメディアの間で強まっている。
(ソウル・金成c、東京・崔世一)

新閣僚会議で熱心にメモをとる柳明桓長官。27日の人事聴聞会で「北朝鮮との和解・協力の基本姿勢は変わらない」と強調した

 青瓦台は、金夏中駐中国大使を統一部長官に内定した背景をこう説明した。
 「中国と関係の深い同氏を起用することで、膠着している核問題や脱北者対策などを、解決に向けて前進させるつもりだ」
 外交官出身の金夏中氏は、01年から中国大使を務めている。北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の流れも熟知している。青瓦台は、氏のそうした経験を生かしたいという。


 「金夏中内定」の事実が伝わり、耳を疑う人たちがいる。「自由北朝鮮放送」のキム・ソンミン代表ら脱北者たちは、驚きの表情を隠せない。「李明博政権は親北政権と何も変わらないのではないか」というのだ。
 駐中韓国大使館や領事館は中国国内に潜伏する脱北者を全くと言っていいほど無視してきた。見捨てられた脱北者の中には朝鮮戦争で捕えられた韓国人捕虜と、韓国人拉致被害者も含まれていた。
 昨年1月、北朝鮮に拉致された漁師の崔ウギルさんが瀋陽の韓国領事館担当者に電話をかけ救助を要請した出来事は記憶に新しい。この時、崔さんは領事館で「私の携帯番号を誰から聞いたのですか」と尋ねられるなどして、冷遇された。
 これだけでない。日本人学校に逃げ込んだ脱北者や「韓国人捕虜」を強制送還した事例は数え切れない。04年11月には、駐中韓国大使館に逃げ込んだ脱北者8人全員が強制送還されている。
 こうした事実が発覚するたびに大使館側は、謝罪と再発防止を言明したが、改善されることはなかった。背景には「静かな外交」(北朝鮮を刺激しない)を目指した金夏中大使の方針があったようだ。外交部関係者は「(金夏中大使が)6年以上も大使を務められたのも、外交上の問題は起こさないという彼の方針があってのことだ」と話した。


 国防部新長官の李相憙氏は、盧武鉉政権下で合同参謀議長を務めた。合同参謀議長の任期中、韓米連合司令部の解体を進め、北朝鮮船舶が済州海峡を通過するのを認めた。
 外交通商部長官になる柳明桓氏は、外交通商部次官を経て、駐日大使として盧政権の対日政策を実行に移してきた。柳明桓長官は2月27日、国会統一外交通商委員会の人事聴聞会で「北朝鮮との和解・協力という基本姿勢は変わらない」と強調した。親北派の議員らから、対北関係が冷え込むことはないかと質問され、「南北和解、緊張緩和は絶対的な命題だと思っていると」と答えた。李明博政権下でも「北朝鮮に対する和解協力政策の基本姿勢は変わらない」というのが柳長官の見方だ。
 柳長官は、新政権が掲げる「非核・開放・3000構想」(北朝鮮が核放棄と開放政策を進め、北朝鮮住民の年間所得を1人3000ドルにするというもの)について、「対北包容政策をすべて一つにまとめた政策」と言った。


 李柱天・円光大教授は「保守派の一部では総選挙まで忍耐して見守ってみようという主張もあるが、今回の長官人事は、依然力を持つ親北派に対し、李明博政権が打つ手をなくし、妥協せざるを得なくなった結果だろう」と見ている。
 政府内の保守陣営に大きな亀裂が走っていると見てもおかしくない事態が進行している。


盧武鉉政権去った人々が再び戻ってきて・・・
復権する官僚たち

 李明博大統領の人選に対する批判が広がっている中、一方では評価する声も上がっている。盧武鉉政権を退いた官僚らが大挙政権内に復帰しはじめていることだ。政見不一致で親北政権を去った人々の顔ぶれを見ると、「10年ぶりの保守政権誕生を改めて感じさせる」と、保守派は歓迎している。

 事例1 2004年1月、「外交部の乱」とよばれる小さな事件が起きた。小さな事件はしかし、外交部長官の更迭という事態にまで発展した。
 当時、北米課の第3課長だった趙顕東氏が、酒の席で盧大統領と李鍾?国家安全保障会議事務処長、大統領府の親北派官僚らの対米外交政策を批判した。趙課長の発言を投書で把握した青瓦台は、調査の結果趙課長を解任した。尹永寛・外交部長官まで事件の責任を取るかたちで辞任した。
 対米姿勢をめぐり、政府内が「民族自主派」と「韓米同盟派」に分裂していることが表に出るきっかけになった。
 事件後国防大学院で働いていた趙氏は、05年からインド韓国大使館勤務になった。趙氏は現在、青瓦台の外交安保首席室で3級行政官として働いている。
 
 事例2 国家情報院長に指名された金成浩氏は、前政権で法務部長官を勤めた人物だ。在任中は青瓦台と何度も衝突したことで知られる。
 中央選挙管理委員会は昨年の大統領選挙期間中、盧武鉉大統領に、選挙中立義務条項を守るよう勧告した。盧前大統領は「不当だ」と憲法裁判所に訴えた。金前長官は「公職選挙法上、公務員の選挙中立義務条項は違憲ではない」と、選管の考えを支持する発言を行った。
 金長官は、企業寄りの発言でも盧大統領と対立した。
 「企業を相手どった無分別な訴訟を防止する対策が必要だ」、「粉飾決算を自主申告した企業は、刑事処罰を兔除する必要がある」など、反企業的な盧政権の官僚らの怒りを買う発言は少なくなかった。
 昨年8月、長官職を自主的に退いた金氏は、新政権で国家情報院院長に指名された。

 事例3 1999年、韓国の大田で検察官と弁護士が結託して不正を働いていた事実が明るみに出た。大邱高等検察庁長だった沈在淪氏は、検察総長の辞任を要求した。
 軍隊のように上司の命令に服従するのが一般的な検察と法務部は、沈庁長の発言を“反抗”と受け取った。懲戒免職されたのは沈氏のほうだった。裁判所に不服申請を行った沈氏は2001年、「復職判決」を勝ち取った。李明博政権は、沈氏を長官級職である国家権益委員会の委員長に据えた。
 前政権下で閑職に追いやられた官僚たちの復帰は、今後も続きそうだ。

傷ついた青瓦台 スタート直後に波乱
 発足したばかりだというのに、新政権は波乱に見舞われている。閣僚内定者のうち、南柱洪統一部長官候補ら3人が相次いで入閣を辞退した。
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延辺情話 第4部 −2− 広州をめざして
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北朝鮮 「通米封南」の一手
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