| ケ小平秘録(上) 伊藤正著
「不倒翁」を描く 中国報道の集大成
評者・富坂 聰
産経新聞紙上で連載された話題作がついに単行本化された。著者は元共同通信社論説委員長で現産経新聞中国総局長の伊藤正氏だ。
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産経新聞出版刊 扶桑社発売 定価=1700円(税別) |
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新聞社の特派員として70年代から中国と向き合ってきた日本を代表する中国ウォッチャーである。時に文化大革命の終焉と4人組の逮捕を目撃し、時に流血の天安門事件の現場に立ち、そしていまもなお北京から記事を配信し続けている姿には感銘を覚える。
そんな著者にとってのケ小平とは、おそらく中国というとてつもなく巨大な闇と向かい合う時、いつも気がつくとそこに屹立していたある種のランドマークのような存在だったのかもしれない。
そのケ小平の人生を描くことは、伊藤氏にとってこれまでの中国報道の集大成と位置づけられる作品なのだろう。3度の失脚をはねのけ3度の復活を果たした中華の覇者・ケ小平の人生は、十分に波乱に満ち、伊藤氏にとってもこれ以上ない題材に違いない。
上巻を一気に読了して、目次を見たときに感じた疑問なぜ天安門事件が最初にあるのかが氷解した。伊藤氏にとってやはりあの事件の前後の中国が最も印象深いものだったのだろう、と。
私が初めて伊藤氏と会ったのもそのころだ。当時、北京大学の学生だった私は共同通信のアルバイトをしていた。そこで北京特派員だった辺見庸氏が国外退去になるという事件の後に赴任してきたのが伊藤氏だった。
当時ロシアのフォークソングにこっていた伊藤氏に一晩中それを聞かされそうになって逃げ出したのは良い思い出だ。
中央の政争だけでなく、幅広い目配りもできる稀有な描き手でもある。
ビルマとミャンマーのあいだ 微笑みの国と軍事政権 瀬川正仁著
ラングーンからシャン・カチンまで
評者・園江 満
10年近く前になるが、ビルマ(ミャンマー)のシャン州を中心に調査旅行をしたことがある。
フィールドの興味深さに加え、それまでに訪ねた近隣の国でもこれだけホスピタリティーに満ちたところはないと、帰国の間際まで手放しで喜んでいた。空港で、横柄な小役人に「必要のない」手荷物超過料金を要求されるまでは。
アジアを見つめてきた映像ジャーナリストによるルポルタージュ。
筆者・瀬川氏の10年以上にわたるビルマとの付き合いを踏まえ、ラングーンから始まり、少数民族の住む東部のシャン・カチンそして西部のチン・アラカンまで、多少強引ともいえる情熱で人々の暮らし振りを取材した渾身の報告である。口絵のカラー写真も、活き活きとして秀逸だ。
出会った人達の人物像、国境の様子、宗教と信仰の実践など日々の生活や、ゾウやカワイルカといった動物との関わりを描くことで、筆者の洞察はあえて政治に踏み込まなくても、軍事政権や少数民族の問題などに鋭く向けられている。
現在ミャンマー連邦の抱えているネガティブな諸相の解決は、多くの困難に満ちている。しかしながら、「ビルマの底力」と筆者が表現しているように、勤勉で謙慎なビルマの人々が民族対立や人権問題を克服したとき、その可能性は想像を超えるものになるだろう。
ビルマへの憧憬と憂鬱。そのふたつを、同時に呼び起こさせないではいない一冊である。
そのえ・みつる 名古屋市立大学人文社会学部研究員
日本を救うインド人 島田卓著
「インド人は3回殺せ」?
筆者の島田卓は現在、日印ビジネスのコンサルタントをしている。銀行マンとして、今ほど注目されていなかった昔からインド人と付き合ってきた島田は、本書で「等身大のインド」を伝えるつもりだという。
自らの体験談などから、島田はインドビジネスの現状を説明する。豊富な労働人口やインド人の語学力と上昇志向盛んな様を島田は挙げ、「これからはインドと手を組もう」と呼びかける。
本書の「インド人が日本人を救う」というテーマがなかなか伝わってこないのがもどかしい。
ある国との経済交流が盛んになると、必ず出てくるのが「○○人はこういう人たちだ」、「○○とはこのような国だ」という“紹介本”だ。何年か前は中国関連の本でよく見かけた。ほとんどは「郷に入りては郷に従え」ということを言っているのだが、日本の読者は特にこの手の本をありがたがる。本書もそうした“紹介本”の部類に入るのだが、著者の表現はインド人の特徴的なところを掴んでいて、その分、読ませてくれる。
たとえば、「インド人は3回殺せ!」と島田は言う。インド人との交渉では、相手に何度も確認し、抜け道を作らせないことが重要だというのだ。確かに「等身大のインド」が語られている。インドを知るには手ごろな一冊といえる。 (秋一紅)
ソウル路地裏チョンマルガイド 矢澤浩子著 チュ・チュンヨン写真
ひっそりと残るなつかしい風景
2002年のサッカーワールドカップ開催前後、韓国旅行のガイド本が書店の棚にずらり並んだことがあった。今では、ソウル観光ガイドに関する類の本はすっかり影をひそめている。これまでのものとはひと味違った観光ガイドでないと売れない時代。本書は確かにひと味違っている。ソウルの路地裏にスポットを当てているのがいい。
ソウル市内から7カ所の観光スポットと15のコースを選び、散歩コースとして紹介している。どのコースにも、地図とともに個性的な路地裏の写真が添えられているのも楽しめる。
解説文の多さが少し気になる。テーマである路地裏の写真が小さくなってしまい、視覚でインパクトを与えるようにすべきだったと思うのだが、そのようなレイアウトになっていない。残念だ。
掲載された写真は、すべて写真家のチュ・チュンヨンが撮影したものだ。ソウルの中心部で育ったチュは、路地裏が失われていくことに寂しさとある種の怒りを感じているという。現在、ソウル市内で再開発が制限され、景観が保護されているのは一部の観光スポットだけだ。
本書で紹介された場所が観光スポットになり、景観保護のために路地裏が生き残れば…という、チュの思いが伝わってくるような一冊だ。 (秋一紅)
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