統一日報 ログインはこちら
ホームNEWS情報NETWORKデータベース
トピックス政治経済社説社会文化特集
2008年3月12日発行
 
わが同胞(はらから)の心象 葬送記−22
金両基
 
 

死者の結婚式(3) 祝福の感動と弔いの悲しみが・・・
嬉し涙で終わる祝宴

 死者の結婚式は結婚からみれば祝祭であり、「死」からみれば葬祭にもなる。そのどちらにも当てはまる両義性のクッ(巫祭)であるが、学術的な決まった呼称がない。祝福の感動の涙と弔いの悲しみの涙が混在する祭祀である。感極まると式場から悲喜こもごも「アイゴー」の感嘆詞が飛び交う。この光景はこの民族にしかない感情表現であろう。

(写真1)新郎新婦の身内がそれぞれ人形を手に持って座卓を挟んで向かい合う。(結婚式を挙げるシーン)=筆者撮影
 

 そういう空間に身を置いていたとき、わたしは自分の死後の葬送シーンを想起し、アイゴーの慟哭で送られたらそれに感動して生き返るかも知れないと思ったことがある。それは夢物語に等しく、日本で生まれ育ったわたしの子どもたちの口からは「アイゴー」の感嘆詞が出るとは考えられない。生活環境が異なると、そういう民族文化は機能しなくなるのである。
 死者の結婚式という表現は読者にわかりやすく伝えるためにわたしが便宜的に使ったものであり、行われるエリアによっても異なり、「チュクッタ(死)」を語幹とした「チュグン(死者の)結婚式(キョロンシク)」「チュグン婚事(ホンサ)」「チュグン婚姻(ホンイン)」などといい、死後の結婚式・死後婚・死後結婚、魂魄(こんぱく)婚姻などともいい一定していない。中国や韓国、日本そして沖縄にも死者の結婚式が行われてきたが、中国では「冥婚」、沖縄では来世の結婚を意味する「ソー・ヌ・ニビーチ」、位牌をもって結婚式を行うことから位牌結婚を意味する「トートーメ・ニービーチ」などと呼び、日本では「冥婚」と呼ぶことが多い。
 ムダンの死に口による家族との対話が終わると、民族衣装で扮装をした新郎新婦の人形をそれぞれの家族が両手で抱えて座卓を挟んで向き合う(写真1)。人形の大きさに合わせた座卓の左右には花が飾られ、ご馳走が並び、酒瓶が添えてあった(写真2)。新郎の人形は新郎の兄が、新婦の人形は新婦の母が抱えて、ムダンの指図に従って日常の結婚式と同じように進められた。
 婚礼の儀式が済むと新郎新婦の人形は祭壇の前に立てられた神位の後ろに安置され、供えられたご馳走や薬酒を囲んだ宴に変わる。無事に終えた親族のほっとした表情が会場の空気を変え、談笑に声が弾む。
 この民族の喜怒哀楽の表現とその切り替えは、「春香伝」や「沈清伝」などの古典文学や伝統演劇に表出されているようにダイナミックである。春香が邪な役人に処刑される寸前に栄達した夫の夢龍によって救われると、慟哭の涙が感涙へと急転し、歌い踊る大団円を展開する。
 死んだはずの娘の沈清が生き返って目が見えない父と再会する「沈清伝」の終幕も同じパターンである。娘の死を嘆き悲しんでいた父が、沈清が生きていることを知った驚きと感動で目が開き、父娘が抱き合い、大団円を展開する。一言で言えば、韓国の古典文学や伝統演劇は劇中では涙を絞り出し、ラストはハッピーエンドで終える。主人公も読者も観客も嬉し涙で終わらないと気持ちが治まらない。

(写真1)座卓の左右に立てられた酒瓶に花を挿し、ご馳走が供えられ、酒瓶が添えてある。=筆者撮影
 


 珍島の葬送儀礼である「珍島挽歌」では慟哭している喪主を笑わせるタシレギという寸劇が行われる。この話は後日改めて触れるが、韓国の古典には西洋演劇で言うところの悲劇がないのである。こうした視点で韓流ドラマをみるとその流れがよく見えてくる。
 談笑の宴が始まる前に、ご馳走や薬酒の一部を、水を入れたどんぶりのなかに入れ、それを室外の適当な大地の一点に撒く。水とご馳走をそれを待っている雑神や魑魅魍魎(ちみもうりょう)に与えるのは、無事に終えるための手続きである。参加者が薬酒を飲み、ご馳走を食べるということは新郎新婦の冥福を祈り、参加者に寿福をもたらすという慣習に支えられている。
 紙榜(チバン)を外で焚焼して死霊を歓送するとき新郎新婦の人形も焚焼する。かつてはそのとき死者が生前着ていた服などを焚焼したが最近は簡素化されている。韓国には人形を人間の代わりを意味する人形(ひとがた)や形代(かたしろ)とみなす習俗から、伝統的時代は人形の文化が育たなかった。仮面のところでも触れたが、仮面も人形も人間の顔と姿が原型になっており、それは人間の仮の姿に通じるので忌み嫌ったようである。厄払いに用いるために作られた藁人形のジェウンも厄払いが終わると焚焼するが、ジェウンのイメージが重なる人形を飾り物や玩具に用いる気持ちにはなれなかったのである。
 韓国に人形文化が普及しはじめたのは戦後なので、死者の結婚式に人形を用いるようになったのは戦後で、それ以前は紙榜や神位を用いて婚儀を行ったと考えるのが自然である。
(キム・ヤンギ 比較文化学者)

他の記事を読む
写真家 朱哈縺iチュチュンヨン)さんの作品展
 
 
当社は特定宗教団体とは一切関係ありません
Copyright 2008 onekoreanews.net All Right Reserved.
会社案内  個人情報  著作権  お問合せ