| 民族日報事件でソウル地裁
容疑晴れた「北への同調」 47年ぶりに名誉回復
ソウル地方裁判所は16日、「民族日報事件」の再審で、故趙緕に無罪判決を言い渡した。
事件は1961年、当時の「民族日報」が、北朝鮮に同調したとして廃刊されたもので、社長であった趙緕氏(当時32歳)は、「特殊犯罪処罰法」に基づき死刑判決を受け、61年12月執行された。再審は昨年4月から行われていた。事件の被告たちは、47年の月日を経て名誉回復されることになった。
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1961年12月21日、処刑された趙緕民族日報社長 |
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「民族日報」は、李承晩政権を退陣に追い込んだ1960年のいわゆる「4月革命」の意義を唱え、当時最も先鋭的なメディアとされた。
1年後の軍事クーデターで政権を掌握した朴正煕氏らが、そうした姿勢は北朝鮮に同調するものと見なしたことから事件は発生した。
民族日報社は株式会社として61年1月25日設立。新聞は61年2月11日に創刊され、韓国の進歩派の人々と共に、平和統一のための南北会談、人的交流、交易を訴えた。
当時の政権が、民族日報事件に遡及適用した「特殊犯罪処罰に関する特別法」(1961年)は「政党、社会団体の主要幹部の地位にある者が、反国家団体の利益になると知りながら鼓舞・賛揚・同調した場合、死刑、無期または10年以上の懲役に処する」と規定している。
これに対し、ソウル地裁は「民族日報は営利法人であるという点で社会団体に該当しない」と判示した。故趙社長が社会大衆党の主要幹部だとした公訴事実に対して、今回裁判所は、「当時の政党とは、公報処に登録し政治活動する集団のことで、1960年に結成された同党結成準備委員会は登録されていないため政党とみなすことはできず、趙氏も(60年7月29日の総選挙の)党公認のために準備委員会に名を連ねたにとどまる」とし、「一般人が反国家団体の活動に同調する行為に対する処罰規定はなく、後に制定された反共法によっても被告人を処罰できない」と判示した。これによって、民族日報が北朝鮮政権と通じたという容疑が晴れることになった。
ソウル地裁は、昨年4月に故趙緕社長の実弟からの再審請求を受け入れ審理を進めていた。
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