つばが溜る キム・エラン著
新世界の人気作家が描く静かな日常
まるでチョコレートでも入っていそうな表紙だ。でも中味は甘くなくて、包みの中の8つの短篇は、苦い。でも、妙に安堵する苦みだ。
コシウォン、読書室、旅人宿、半地下部屋、どれも韓国では馴染みのある小さな空間。短篇はその狭い場所が舞台で、出てくるのはアルバイトの塾講師や公務員試験浪人中、求職活動中といった、これも今の韓国のどこででも見かける人たちだ。象徴的に出てくる63ビルとは対照的な、恵まれてはいない場所でのなんてことない地味な日常。
コシウォンが密集する新林洞に部屋を借りた姉を訪ねる主人公。坂の上から遠く眺めるソウルはどこか貧しく見える。いや、貧しいから遠く見えるのか。首都のいびつさが虚しいでも悲しいでもなく描かれた『祈り』。予備校街の鷺梁津(ノリャンジン)で浪人生活を送った98年、通過するだけの場所だったはずが、05年の今も「いまだに通りすぎている途中なのかも」と漢江を渡る電車の中で気づく『子午線をすぎるとき』。幼いころ母親に捨てられた後輩の打ち明け話。捨てられたときに噛んでいたガムの最後の一枚を渡され、強迫的な同情心から同居生活を始めるものの、結局自分も彼女を追い出してしまう『つばが溜まる』。ブラックボックスを母親と思い込む離島の少年の『フライトデータレコーダー』ほか、おいていかれたものたちは、自分のようで、痛い。
80年生まれのキム・エラン(写真)は、つねに新世代の筆頭にあがる人気作家だが、彼女は、低い位置から書き続けていきたい、という。
キム・エランの小説はホッとする。洗練されていくソウルの街で、1本裏通りに入ったときの風景にホッとしてしまう、あの感じになんだか似ているのだ。
よしはら・いくこ
翻訳者 新潟県生まれ。訳書に『私は男より預金通帳が好き』(草思社)などがある。
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