| 北京の裏街 チン爺さんは今日も走る
「貧者の一灯」が照らす日々の暮らし
主人公は北京の伝統的な住まい「胡同」に住む靖奎(チンクイ)さん。93歳の現役理髪師だ。毎朝6時に起床して、客のところへ出張して散髪する。昼食は正午きっかり。午後は仲間とマージャンをうち、9時には布団に入る。すべて靖さんの日常だ。
神色自若。自宅が取り壊されることになっても「何度も取り壊すといっているが、いつになっても始まらないじゃないか」。さらに「拆」(「取り壊し」の意味)と壁に書くべきところを「折」と書いた役人を「いいかげんな仕事はするな」と叱る。
監督の哈斯朝魯(ハスチョロー)は、「映画を撮りはじめたとき、しっかりとしたテーマを持っていた。それが靖さんと触れ合ううちに高みから人を教育するような資格はないと思うようになった」と話している。
前作で秘境に生きる少数民族の姿を克明に描いた哈斯朝魯は、この作品であまりにも拝金主義に染まってしまった現代中国を嘆いている。
人生を楽しんでいる靖さんたち老人を、胡同から引き取って高層マンションに移住させようとする息子たち。哈斯朝魯は「世代間のギャップ」という。それはいつどこにでもあるものだが、今の中国は特にどぎついと、哈斯朝魯は言いたいのだ。
中国に「対の思想」がある。たとえば「貧者の一灯、長者の万灯」への解釈だ。儒家的合理主義では灯火の物量において「一灯はついに万灯に及ばない」ということになるが、一方で、神仏に捧げる真心としては、その一灯は万灯に勝るということになる。中国思想の妙なのだが、靖さんはまさに、「一灯」をもって現代中国に物申している。観客は、靖さんのゆったりとしたリズムに惹かれれば惹かれるほど、対極に現代中国の姿を浮かべるはずだ。胡同の住人と高層マンションの住人は、古い中国と現代中国の象徴なのだと。
あくせくしながらも、発展を続ける若い世代。体を悪くし、死んでいく胡同の老人。映画では、靖さんが死んだと思うようなシーンが2度出てくる。ところがどっこい靖さんは生きている。時代が変わり、街が変貌し、人と人の繋がりがカネの力で絶たれても、胡同は生き残るというメッセージであり、そのメッセージを観る者は受け取る必要があると、感じさせられる作品だ。
2月9日より、岩波ホールほか、全国順次ロードショー。
(文化部・秋一紅)
|