| “悲喜こもごもの“宴”が明けて
「チャーミング・ガール」で全編手持ちカメラの撮影を貫き、主人公の内面までも映し出すことに成功したイ・ユンギ監督の新作「アドリブ・ナイト」が近く公開される。
前作との共通点が多い。といってもストーリーではなく、カメラを機動的に使いドキュメンタリー風の手法をとっていることや、前回と同じように若い女性の等身大の日常をみずみずしく描いていることだ。
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| 行方不明の女性と間違えられて参加した「臨終の夜」は彼女の心を変える |
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主人公はNHKの「春のワルツ」のヒロイン、ハン・ヒョジュ演じる若い女性。ソウルの広場で2人組の青年から声をかけられ、10年前から行方不明の女性、ミョンウンと間違えられる。人違いと分かると、今度はミョンウンの身代わりとなり彼女の父親の臨終に立ち会うよう懇願され、戸惑いつつも、その女性になり代わって郊外の一軒家へ行く。そこは父親の家族や親戚、隣人らが待ち受ける予想もつかない“ナイトステージ”だった。
「チャーミング・ガール」では、テレビを見ながら床に落ちている髪の毛を拾う仕草、テレビショッピングで購入したキムチの封を開けるなり手づかみで口に放り込む姿といった日常生活の描写がリアルだった。
今回も、ヒロインがちょっと迷った末、ミョンウンの部屋で借りた靴下を脱ぎ、きれいにたたんで戻すシーンでは床に置かれた靴下の白さが印象的だった。そして、これだけのカットで彼女の几帳面でまじめな性格が見てとれるのである。
しかし、もう少し本質的なところでこの作品との共通性を感じたのは「祝祭」だ。
「祝祭」は高名な作家の母親が亡くなり、田舎で歌や踊り、酒と賭け事までありの伝統的な葬式を舞台に繰り広げられる悲喜劇を、人生とダブらせて祝祭的に描いたイム・グォンテク監督の名作である。似ているのは、この悲喜こもごもの展開だ。
「アドリブ・ナイト」では末期がんで昏睡状態の父親の死が近づき、親族や隣近所の人が勢ぞろい。病状を気遣いつつも、本心は遺産狙いだったり、借金の踏み倒しを願う人々の思惑が交錯し、互いに疑心暗鬼にもなっている。そこに娘に似てはいても無関係の女性が登場し、混乱に拍車がかかる。言い放ち、食べて、飲み放題の“宴”は夜が更けて……。そんな人間模様の中、ヒロインの心の何かが変わり始める。
また「祝祭」でも厳粛な儀式が滞りなく進められる一方で、ケンカや酔っ払いなどの騒ぎもエスカレート。そして最後は親族からただ一人浮いていた作家の姪が記念撮影の場に呼ばれ、顔を輝かせて駆けつけるのである。累々と積み重ねられてきた人の営みとしての葬式。人の死の前にはどんなトラブルもささいなことに思え、誰もが優しくなる。人間を肯定的にとらえ、人生の哀感が伝わってくるいいシーンだ。
「アドリブ・ナイト」でも夜明けを迎える場面でヒロインの本当の姿が明らかにされる。そして大事にしなければいけないものに気づくのである。人が泣き笑うハレの場は人の心を浄化させてしまうようだ。
イ・ユンギ監督は一昨年の秋に来日した際、「究極の目標はコメディー。あらゆるジャンルで一番難しい。韓国にはコメディーはたくさんあるが、もっとレベルの高いものをやりたい。現実を反映しているが、おかしくて笑えるものを。でもまだそのスキルを私は確立していない」と話してくれた。もしかすると今回、臨終シーンを選んだのはコメディーに格好の場とにらんでのことかも知れない。
同じインタビューでこうも言っている。「第2のキム・ギドク」と呼ばれることについて、「世界の映画祭ではホン・サンス監督とも比較される。2人とも世界的な監督だが私はそこまで行ってない。比較されることはうれしいが、私自身は別の路線と思う。一番影響を受けたのはイ・チャンドン監督。彼の全作品が好き」。そういえば両監督の作品は質感がよく似ている。
「アドリブ・ナイト」は2月9日より渋谷アミューズCQNほか全国順次公開。
公式ホームページ http://www.adlib‐night.jp/
(アジア映画ウオッチャー・紀平重成)
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