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2008年1月16日発行版
 
わが同胞(はらから)の心象 葬送記−20−
金両基
 
 

死者の結婚式(1) 不慮の死 さまよう男女を結ぶ


 不慮の事故で亡くなった未婚の男性と女性の霊は、今生の近くで彷徨っているという一種の信仰がある。家の近くで彷徨っている未婚の青年の死霊を黄泉の国に送るために結婚式を行う習俗が韓国や中国に伝承されてきた。1988年、わたしは釜山から車で90分ほどかかる七港(チルファン)という小港で行われた死者の結婚式を取材した。

庭で幣帛を結んだ笹が茂ったシンテ(神竿)に新郎新婦の霊を降ろして室内に入るムダン(筆者撮影)
 

 韓国重要無形文化財の東海岸別神クッ(巫祭)の伝承者であるシャーマンで人間国宝の金石出さんの長女金映希さんが、村の有力者から依頼を受けて主祭していた。依頼者の未婚の子息が海で不慮の事故で水死し、家を離れられず彷徨っているその死霊を黄泉の国へ送るためのクッ、それが死者の結婚式であった。(写真1)
 金映希さんは暗闇の庭で白い幣帛とセクトン(五色の幣帛)を結んだ葉の茂った長い竹竿(神竿)を持って、新郎新婦の死霊を招く。女性には重すぎる神竿を金映希さんが舞い踊りながら巫歌を唱い、神竿に死霊を呼び寄せ降ろす。しばらくすると神竿が激しく揺れ動き、神竿に死霊が降りたことが告げられる。神竿が激しく揺れるのは神竿の大きさや吊された幣帛など重さを支えられなくなるから揺れる、霊が降りたという合図としてムダンが演技をする、霊がのりうつった憑依現象であるといった見方や見解があるが、祭祀者や観衆が霊の降臨を感じるような現象がともなう。霊の有無はべつとして、神事は夜に限る。白昼よりも暗闇のなかに霊を感じるからである。
 旧正月元旦に行われるチャレ(茶礼)は夜明け、命日に行われるチェサ(祭祀)が真夜中に行われるように、太陽が盛る真昼に行われることはない。神霊や死霊の住処が陰、闇夜の空間であることの方が、説得力があるからであろう。真昼間に幽霊が出ればその正体が明らかになり強さはほとんど演出できないことを古人は気の遠くなるような時空間を経て感じ取ったのであろう。
 現代人は真っ暗闇の神秘性や強さを実感する機会がほとんどないから、闇夜が魑ち魅み魍もう魎のりょう 住処にふさわしいことを感じることがない。
 わたしはあるとき韓国の農村の農道を高齢の母を抱えるようにして歩いた。懐中電灯も街灯もそして星一つ無い夜陰、農道を歩き慣れている村人が先導する。お互いの足音と話し声で人がいることを感じる空間、もし一人でそこを歩けば魑魅魍魎を連想せずにはいられない怖い空間であった。風音に揺れる垂れ柳の枝の動きに幽霊を感じても可笑しくはない。真っ暗闇を歩いた数回の体験をとおしてわたしは霊や妖怪などの住処が夜陰になった理由が解けた。
 話を戻そう。金映希さんは漁に出て不慮の水死を遂げた青年(新郎)の家の庭で、病死をした処女(娘)を新婦と新郎の2人の死霊を降ろした神竿を倒して家のなかに入っていった。

室内に飾られたカラフルな祭壇。その前に祖父母と新郎新婦の紙榜が立つ(筆者撮影)
 

 室内にはカラフルな祭壇が飾られ、その壁の左右には新郎新婦が生前に着ていた洋服が掛けられ、祭壇の前には祖父母と2人の紙チ榜バンが立てられていた(写真2)。紙榜がなければ結婚式場を髣髴させるほど鮮やかに飾られ、葬送儀礼の雰囲気はなかった。普通は祖父母と父母の紙榜を安置するのだが、父母は健在なので紙榜はなかった。
 金映希さんは室内で神竿を横倒しに持って新郎のことば(口寄せ)を唱うように語り出す。部屋や家の思い出からオモニへの慕情へと移るとアイゴーを連呼しながら亡くなった息子の名を呼び、神竿を抱くように触れる。その場には死者の父は同席しなかった。この種の神事には儒教習俗を重んじる父は、費用は出すが原則としては参加せず妻に一切を委ねる。
 新郎の口寄せが終わると、金映希さんは新婦の口寄せに変わった。
 同席している新婦の母に語りかけると母の感情を誘発し、室内にアイゴーの泣き声が響き渡る。死霊との再会の挨拶が一通り終わると、祭壇の前に婚礼を交わす座卓が置かれ、両家の人がそれぞれ民族衣裳で着飾った新郎と新婦の人形を持って座卓に向き合い、伝統的な婚礼の儀式がはじまる。その後の展開は次回に譲り、このような死者の結婚式が行われてきた理由を探ってみよう。
 前にも触れたが、伝統的時代の韓国人の自殺率はたいへん低かった。親に先立つことは最大最高の親不孝であり、親の葬送は子としての最大の義務であった時代、結婚して子孫を作ることが親孝行であった。子が絶えれば、祖霊を供養する人が絶えることになるからである。結婚によって社会人として一人前の待遇を受ける大きな理由がそこからうかがえる。祭祀権が男に授けられていた時代、男の子が生まれなければ妻はそれを離婚の理由にされ、夫が愛人を作っても抗議できなかった。
 未婚の男性が不慮の事故で死ぬと親不孝の思いが募り、その霊が黄泉の国に旅立てず家の近くにとどまると考えた。そこから死者の結婚式が生まれたのである。

子年の話
 子は十二支の第1番目。正北(真北)、午後11時から午前1時までの時間、陰暦11月を守る方位神であり、時間神だ。
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