「386世代」の思惑が投影 光州事態知らない若者に再び先入観
趙甲濟深層取材
1985年、『月刊朝鮮』と『新東亜』は、光州事態を集中報道した。国会でも事件をめぐる議論が行われた。
全斗煥政権時代だった。事件に関する報道は何年も禁じられていたので、報道内容は国民の信用を得るまでには至らなかった。そんな中で、ウワサさだけが一人歩きした。
「死亡者は2000人を超えている(実際は165人)」「鎮圧部隊には慶尚道出身の軍人が多かった」「(鎮圧部隊が)女の乳房をえぐったり、妊婦の腹を切り裂いたりした」などと、流言飛語が広まった。
これらはウワサでしかなかった。何回かの調査によって、事実でないことが確認されている。
月刊朝鮮は1985年7月号特集で、空挺部隊の過剰鎮圧を詳しく取り上げている。その中で死亡者数は政府発表と大きく変わらないとも書いた。光州市民はその記事に反発して「月刊朝鮮不売運動」を起こした。
それから10年。金泳三大統領(当時)は、光州事態の再調査を指示した。光州事態の真相は、国会公聴会でほぼ完全に明らかにされた。
以来、情報は公正を期し、市民側の視点と情報に偏りがちだったものから脱却して、鎮圧部隊側の情報も大量に公開された。
その後、光州事態を総合的かつ立体的に振り返ることができるようになった。重要責任者は罪に問われ、被害者への補償も進んだ。市民は成熟した。
「華麗なる休暇」は、このような変化をまったく受け入れようとしていない。市民側の視点を取り上げることにのみ、意義を見いだしているかのように。だが、真実からは遠ざかるだけだ。
この映画が、1980年代に作られたならまだしも理解できなくはない。だが、事件発生から27年も経った今、なぜ、このような映画が製作されるのか。ある種の政治的意図を含んでいるとしか言いようがない。いわゆる「386世代」の思考を凝縮したものなのだろうか。
光州事態の渦中にあった全斗煥政権。この政権に対しては、1980年代の学生活動家たち、すなわち「386世代」が怒りの標的としていた。政治活動の最も大きなモチーフであったと言っていい。
だが、今の若い世代にとっては、光州事態はすでに遠い過去の出来事でしかない。「華麗なる休暇」は、光州事態を知らない若者に、誤った先入観をもう一度植え付ける役割を担っているのか。
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