文革と開放のはざまに 落ち込んだ街と人々
数百万人に上る人命を奪い、数知れない歴史遺産を破壊尽くしてようやく文化大革命が終わりを告げようとしていた1978年。中国東北部の小都市「西幹道」に、激動を生き抜こうとする一組の若い男女がいた。工場労働者の四平(李傑)と、北京からきた雪雁(沈佳?)。物語は2人の恋愛を横糸に、文革と改革開放という政治ドラマを縦糸に進む。
文化大革命と、これを否定した改革開放。それは、中国共産党内部の権力闘争の過程にほかならなかったが、庶民はその中で転倒する価値観の下でもがき苦しんだ。
文革期に押しとどめられたのは、工業・農業技術から芸術に至るまで、およそ人間と社会に必要な成長の糧だった。改革・開放が突然訪れても、人々はそれを受け入れるだけのものを持ち合わせていない。
西幹道はいわば、文革と改革・開放の狭間に陥没してしまった地域だ。たとえば、主人公・四平の働く工場には「独立自出」「自力更生」といった毛沢東時代のスローガンが掲げられたままだ。
四平は工場まで行きはするが、仕事はしない。もっぱら壊れたラジオの修理に精を出す。外国の放送を聞くためだ。食事の時は、ナイフとフォークを使う。雪雁への好意も、素直な感情ではなく、彼女が二胡を弾き、踊りもできる「北京っ子」だったからだ。
西幹道の外の世界にあこがれながらも、自力で抜け出すことができず、思いの丈を雪雁にぶつける主人公の姿は象徴的だ。
「改革開放」の甘美な言葉の響きとは裏腹に、移動することも、新に職業を選ぶこともままならないもどかしさは、むしろ、改革・開放を残酷に映し出す。それは、90年の東欧崩壊で、人々が「全体主義のほうが楽だった。責任はすべて党と政府にあったから」とつぶやいていたのを彷彿させる。
映画は、経済発展とは無縁であった中国東北地方の荒涼とした大地と、改革開放に憧れながらも、ぽつりとそこに取り残され佇む人々との姿を大きく映し出すが、物語はどこまでも淡々と進んで終わる。涙を誘うでなく、悲劇を訴えるでなく…。それが、文革を告発してきた、いわゆる“文革モノ”中国映画とはひと味ちがう作品に仕上げている。
監督の李継賢は、「動物ドキュメンタリーで映される動物のように、自然の中に人間を小さく置き、命の小ささを感じさせた」といっている。耳に残る言葉だ。
(文化部・秋一紅)
2008年夏、ユーロスペースにて公開(全国順次公開)。
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