| 盧武鉉「壁を感じた」
時と場所を選ばぬ傍若無人という点で、盧武鉉と金正日は“似たもの同士”といえる。盧武鉉は失言を繰り返し、「大統領にしてはみっともない言葉を使う」とたびたび世論の顰蹙を買った。南北首脳の3日間は、首脳会談というには、あまりに品格を欠いた指導者どうしの対面の場となったが、両者は会談前からそれなりに神経戦をくりひろげた。
(ソウル・李清照)
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| 入れ知恵されているのか・・・ |
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アリラン公演会場。「将軍様」は姿見せず |
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平壌市民に笑顔でこたえる盧武鉉夫妻 |
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神経戦くりひろげ 品格欠いた首脳会談
仕掛けたのは金正日だった。盧武鉉の平壌訪問初日、日程と場所を何度も変更した。
南北が最初に合意した公式歓迎式場は、「祖国統一3大憲章記念塔」だった。ところが北は、2回も場所を変えた。
2度の変更は、どちらも盧武鉉が青瓦台から出発した後に行われた。金正日が出迎えるだろうと、韓国側に伝えられたのは、その1時間半前のことだった。
12時1分、盧武鉉と金正日は初対面を果たした。
金正日は自分の席に立ち、盧武鉉が近付くのを待った。一歩も歩み寄らなかったのは、金正日のもっともらしい計算だったのか。
初対面はわずか12分だった。金正日は始終無愛想だった。2人が同じ乗用車で白花園招待所に移動するという韓国メディアの予想も裏切られた。
2日目。またもや金正日が機先を制した。会談開始予定時刻より30分早い9時30分頃、白花園招待所に現れた。
会談は急きょ繰り上げられた。事前にスケジュールを作り、それに沿って進む国際的な首脳会談の慣例は、当てはまらなかった。
盧武鉉の気分を損ねたような態度が見られたのは、玉流館での昼食後、2回目の会談での席上であった。
金正日「今日の日程は明日に持ち越して、昼食は気楽にベルトを緩めたほうがよい。日程を1日延ばしましょう。帰られるのは明後日の朝にしてはどうか」
盧武鉉「警護、儀典と相談しなければならない」
金正日「大統領が決定できないのですか。大統領が決断すればいいじゃないですか」
盧武鉉「大きいことは私が決めるが、小さいことは決められない」
金正日は黙ってしまった。金正日は午後4時25分、会談場所から出る直前、「充分に対話を交わしたから(延長)しない」と、自らの提案を取り下げた。
金正日はこの日、これ以上姿を現さなかった。午後8時のアリラン公演と、盧武鉉が主催した午後10時からの晩餐会にも参加しなかった。
金正日が提案を取り下げたことについては「南北間で意思疎通ができなかったから」と「金正日が怒ったから」という2つの解釈が出ている。
盧武鉉は玉流館での昼食の際、北朝鮮はまだ韓国に多くの疑問を抱いているようだと発言。例えば「改革開放という言葉に対する不信感と拒否感を、金泳南常任委員長や金委員長との会談で感じた」と言った。
「日程延長提案」と「撤回」は、相手の言葉を理解できなくて生じた単なる意思疎通の問題だったかもしれない。
しかし金正日にしてみれば、自分の好意を盧武鉉が無視したと感じ、気分を損ねた可能性はなくはない。
絶対的な権力を得て、まるで「皇帝」のような振る舞いに慣れている金正日は、「儀典・警護チームと相談しなければならない」という盧武鉉の発言を、拒絶と感じて、屈辱感を覚えたのかもしれない。
金正日の「ゆさぶり作戦」
愛敬を振りまいたり、突然の日程延長を切り出したり―。
外交相手に対して、サプライズを織り交ぜ、“ゆさぶり戦術”を得意とする金正日は、今回の首脳会談でも予測不能な言動を繰り出した。
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初めて開城工団を視察した |
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初の会談は3日午前、百花園迎賓館で行われた。前日、平壌の4・25文化会館で盧武鉉を出迎え、初対面した際には表情をこわばらせたが、この日は笑顔を見せながら、肩が触れあうくらい近寄ったり、何度もうなずいたりしてみせた。
だが、話はうまく進まなかったらしく、会談終了後、午餐の場で盧武鉉が「壁を感じた」と述べる一場面もあった。
午後の第2次会談では、テレビカメラの前で突然、滞留日程を1日延長するよう盧武鉉に提案し、緊張を走らせた。
盧武鉉は、一瞬うろたえたものの、婉曲にそれを断った。
金正日は機嫌を損ねたのか、盧武鉉が観覧するアリラン公演会場に姿を現さなかった。韓国側が申し入れた南北首脳共同植樹も断った。
金正日の予測不能な言動は最後の日まで続いた。金正日は5日、「南北首脳宣言」に署名後の午餐の席で、ワインを一気飲みして見せた。
「私がまるで糖尿だとか心臓病だとか報道されているみたいだが、事実は違う。でも大きく報道されて気分は悪くない」
公式会談と出迎え以外に姿を見せず、健康悪化も囁かれていただけに、「金正日健在」を内外にアピールしたかったようだ。お土産にマツタケ4トンを盧武鉉に持たせた。
韓国国民はそのお土産を喜びそうもない……。
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