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2007年10月10日発行版
 
南北首脳会談  融和政策の集大成 バラ色の援助
本紙論説主幹 李泳煥
 

親北政権 大統領盧武鉉の真価

 あと数カ月で任期を終える盧武鉉大統領の、この5年近くの執権の意味はどこにあったのか。
 経済政策の失敗、国家安全保障体制の後退、対日、対米関係の悪化、対中政策での弱腰外交、否定的側面は枚挙にいとまない。批判にさらされ続けた盧大統領を、それでも徳俵で持ちこたえさせたのは、やはり、対北朝鮮融和政策への執念だったのだろう。ここにこそ、盧武鉉氏が大統領として登場した意味があったと、今になって思う人は少なくないはずだ。

「もっと拍手をしてほしい」。4日、南北首脳会談を終え帰国した盧武鉉大統領は自画自賛した。しかし、会談に対する疑問の声は強い  
   

 盧大統領の今回の平壌行脚は、彼の親北朝鮮政策の集大成となるのかもしれない。
 金正日総書記と盧武鉉大統領は「南北関係の発展と平和繁栄のための宣言」に署名し、朝鮮戦争の休戦状態を終えるため、米国、中国に対しても4者会談を提唱した。だが、朝鮮戦争勃発の原因は除去されたわけではない。本紙はくりかえし指摘してきたが、この戦争は、社会主義国と自由主義国との体制間戦争などといったシロモノではなく、また内戦という政治的性格をも伴わないものだった。
 戦争はソビエトの意思や、中国の慫慂(しょうよう)があって起こったわけではないということを改めて思い起こすべきだ。火種は、スターリンの反対をも押し切り、南侵を企図した金日成自身にあったということだ。そしてその火種は、息子金正日氏にバトンタッチされ、今もなお消されていないということだ。朝鮮半島全域を支配しようとする金日成の野望から生まれたのが、朝鮮戦争だったことは、もはや世界中の多くの識者たちが指摘し、論証している。
 重要なことは、そうした北朝鮮政権の意思が、今日の状況で直ちに戦争という形を取ることもなく、達成されようとしているところにある。少なくとも、金正日氏は今回南北会談でそれを意図したことはまちがいない。現に、会談は核問題に触れることはなかった。
 盧大統領は「南北間に平和体制を構築するため」に38度線を越えたという。平和体制の構築とは、平和を脅かす種を一つひとつ取り除いていくプロセスをいう。会談はそのプロセスをまったく明らかにしなかった。
 8項目にわたる共同宣言で、具体的に踏み込んだのは、韓国側による経済協力という名の北側へのバラ色の援助だ。つまりは、金正日体制を助けるためにだけ盧大統領は38度線を越えたということになる。
 金正日氏の北朝鮮に今、武力においても何においても韓国を飲み込める力はない。それどころか、体制崩壊の危機の種は依然、残されている。盧武鉉訪朝の意味をさらに問えば、その金正日体制を当面においては支え、ゆくゆくは「統一」という名の下で延命させるためのものであったと言えなくはない。盧武鉉政権の親北朝鮮政策を振り返れば、帰納法的にいってそうなるのだ。
 「戦争とは血を流す政治であり、政治とは血を流さない戦争である」
 毛沢東は一つ名言を吐いている。この伝でいけば、朝鮮戦争以後、南北で「血を流さない戦争」が続いた。南北の平和を言いながら、南北平和構築に何ひとつ具体的に言及することがなかった首脳会談。「血を流す政治」に失敗した北朝鮮は、今、金正日総書記によって、「血を流さない戦争」に勝利しようとしているのか。少なくとも、盧武鉉大統領はこの“戦争”を勝利へと導こうとする金正日氏の同伴者であろう。いまさらのごときであるが、南北会談ではっきりと見えたのは、盧武鉉大統領の親北朝鮮派としての真価、ただそれだけだ。

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