| 9月27日から開かれていた6カ国協議で、参加国は「9.16共同声明(05年9月)の履行の第2段階措置」に合意したそうだが、合意文の正式発表は10月2日以後となった。米側首席代表のヒル次官補は「(合意文)は非常に具体的で有用だ」と述べた。だが、日・米が本国政府の承認を必要としていることから、合意文は曖昧で、あるいは北側に有利な内容となっているものと思われる。肝心なことが抜けている。何より最も危険で優先的に破棄すべき抽出済みプルトニウムの行方について、全く触れられていないことだ。
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6カ国協議を終えた各国代表ら。暫定合意に達したものの、文章案は当面の措置を盛り込んだにすぎない(9月30日=聯合ニュース) |
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おりしも、10月2日に平壌を訪問する盧武鉉大統領には、金正日に対して核問題を持ち出さずに済むという口実ができた。
平壌側を相手にする協議はいつもそうであるが、他の国家間の協議で望まれるような常識的場面は期待できない。平壌側との対話や交渉は、金正日がその必要を感じるかどうかで決まり、金正日が困った時だけ動き、「進展」する。盧武鉉の平壌訪問は、従って、金正日が首脳会談の必要性を感じていることを意味し、極めて困難な状況に逢着していることを物語っている。
これまでの経験に即して見るなら、北京での合意も、一応合意することに合意しただけで、実行する(合意を守る)保証はどこにもない。よく見れば、今回の「合意」も「6カ国協議の無用論」をなだめるための合意のようなものだ。
「6カ国協議」は、当初「ジュネーブ合意」(1994年)の経験から平壌側との2国間協議を嫌った米国が、国際社会で金正日への圧力を加えるために提起したものだった。米国はしかし、戦略的な判断ミスを冒した。米国は5カ国が一致して平壌側を圧迫するつもりだったが、フタを開けてみれば中国と韓国は米国の思惑から外れていた。中国を6カ国協議のホスト役に据えたのは米国だったが、そのホストがまず、米国の北朝鮮孤立政策に待ったをかけた。米国の勘違いは韓国にも働いた。とくに、盧武鉉政権は「包括的解決」と称して米国に金正日の要求を飲ませようとした。
6カ国協議の韓国側の首席代表は「韓半島平和交渉本部長」の肩書きを持っている。つまり去年の春から盧武鉉政権は「北核解決」より「平和体制」の問題へと重点を移した。ブッシュ政権が北側に譲歩し始めたのは、明らかに盧武鉉政権の説得によるものだった。
昨年9月の韓米首脳会談で、両国は北核問題解決に対して「共通の包括的接近方法」を「6カ国協議参加国が協力して作っていく」ことに合意した。
気がつけば、北朝鮮の孤立を望まぬ中、韓、ロに対して、米国と日本は劣勢に追いやられていた。
昨年10月、北朝鮮が核実験を強行して以後、6カ国協議は実質的に米・朝の2国間協議の場になったと言っていい。盧武鉉政権が米・朝接触に深く関与してきたのは衆目の一致するところだ。盧武鉉政権が米国に求めたのは、北朝鮮の核を黙認する形でテロ支援国家指定からの解除だった。米国務省が、日本の立場よりも米・朝接近を重視するような態度を取り始めたのは、盧武鉉政権の説得を受け入れたからだろう。
ライス国務長官やヒル次官補は「米朝関係正常化実務グループ会議」(9月1日〜9月2日、ジュネーブ)で年内にテロ支援国家指定の解除などを約束したもようだ(9・3、平壌側が発表)。盧大統領は9月7日、シドニーで行った記者会見の席上、傍らのブッシュ大統領に米・朝関係正常化の方針を再確認しようとして内外のひんしゅくを買った。
「6カ国協議」はスタートして4年が経過した。だが、北朝鮮の核問題はそれ以前よりも悪化している。ワシントンで、米国の要求をすんなり受け入れるような北朝鮮を信じる者はたぶんひとりもいない。少なくともブッシュ大統領の在任中に、北朝鮮が核を廃絶することはないと、心の底では誰もが思っている。本音のところでは、金正日が退場しない限り、それは無理だと思っている。
実に奇妙なことだ。北朝鮮の核を無力化するのだと叫んでいる6カ国協議自体が無力化している。
金正日が年内に3つの核施設(5メガワットの原子炉、再処理施設、核燃料製造工場)の無能力化や核計画の申告を「約束」したのはなぜか。一に、平壌を訪問する盧武鉉大統領との会談で核問題を議題にしないためだろう。12月の韓国大統領選挙への平和ムード作りに6カ国協議合意を有効に使うためだ。6カ国協議は手玉に取られている恰好だが、金正日にそれだけの余裕を持たせたのは米国だ。
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