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2007年10月3日発行版
 
通信使の食材−6− 豚猪(3)
鄭大聲
 
 

彦根藩・宗安寺の黒門

 通信使を迎えるに当たって、通過する道筋の各藩は接待料理の材料確保に力を入れていた。
 滋賀県の彦根藩などは豚15頭を長崎から取り寄せる指示を江戸から彦根に発していた。
 彦根市にある宗安寺には黒門がある。寺の正門は赤い色であるが、正門の向かって左側には白壁の一部を切って別に黒門がつくられている。
 宗安寺は朝鮮通信使が京都から江戸へ向かう途中の宿泊に用いられたところである。一行の中でも高位の人たちの宿所であったようだ。
 寺には朝鮮文人とされる肖像画が保存されているし、通信使の接待に関する古文書が多く残されている。筆者が宗安寺を初めて訪ねたのは1981年の5月であった。宿泊者の名簿や料理の資料を拝見したかったのである。
 その後、筆者は1995年、彦根に新設された滋賀県立大学に赴任する。彦根城博物館の方や大学の先生方と資料調査の件が持ち上がったこともあったが、具体化はしなかった。
 宗安寺の黒門には次のような立て札がある。
 黒門の由来
 「江戸時代200余年の間(1607〜1811年)来日した朝鮮通信使は、日本と朝鮮の善隣友好のきずなでありました。
 500名近い通信使一行は彦根では宗安寺等で宿泊し、藩主の大歓迎をうけました。(中略)。宗安寺では朝鮮通信使のご馳走に肉類を運ぶために特別にこの門をつくったものです」
 このことはいくつかのことを示唆している。ご馳走が肉料理であったこと、しかし、正式な料理として正門から入れられなかったということだ。
 通信使一行には料理人や屠牛匠がついて来ており、日本側と共同作業で料理づくりは行われたようである。
 なお、宗安寺の門前の道路拡張に伴い数年前に正門、黒門が改築された。新しい黒門の説明には、「ご馳走を運ぶためにつくられた」と記されている。
 (滋賀県立大学名誉教授=チョン・デソン)

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