| 生きるも死ぬも・・・八字(パルチャ:運命)
太極旗にも八卦
健康で過ごし、安らかに逝く。人類はその至幸を求め続けているが、塞翁(さいおう)が馬(幸と不幸は変転し予測ができない)という格言のように、運命に委ねるしかないようだ。
軽く殴ったはずの令監(ヨンガム)も、殴られた老妻のミアル媼(ハルミ)も、その程度で死ぬとは思っていなかった。
死んだよ死んだよ、うちのハルミ(媼)が死んだよ。死ぬと思えば殴らなかったのに、ふざけて殴ったのに死ぬとは、いったいどうしたことか、ウォンウォン(泣く)。(令監のせりふ)
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図1 現存最古の太極旗(1884年製)
スミソニアン博物館蔵、黒と赤の太極旗 |
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| 図2 韓国独立記念館所蔵の太極旗
高宗皇帝がアメリカの外交官デニーに下賜された。青と赤が中央で太極を描いている |
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殴った方も、死ぬ方も予想しなかった事件が起こると、それを八字(パルチャ、八卦(はっけ)の八字をさす)だと言う。韓国人はパルチャとアイゴが大好きで、ことのほかよく使う。幸せがもたらされるときは良いパルチャ、死ぬほど苦しいときはジュグル(死ぬ)パルチャといって悦び、悲しむ。
八字は八卦をもとにして回ってくる運や運命、運勢、星回りをさし、人力ではパルチャをコントロールできないので、祖霊や神仏に頼るしかなかった。死ぬも生きるもパルチャ次第という慣用句がそれをよく表している。
漢字文化圏では長い間、国も人も易学を尊び、それを信じてきた。
高麗を引き継いだ李成桂将軍は、高麗の国勢が衰えた大きな理由を、王都である開城の地勢の衰えにあるとみなし、南下して漢江流域の漢城、いまのソウルに遷都し朝鮮王朝の王都に定めた。
漢城は風水地理説に基づいた理想の王都として、500年続いたが、1910年、日本に併合されて滅んでいった。
そして1948年8月15日、滅ぼされた大韓帝国の旧都に大韓民国が樹立され、漢城はソウルと改称してその首都に、その25日後に、高句麗の王都であったピョンヤン(平壌)に朝鮮民主主義人民共和国が興る。漢城も平壌も、滅んだ王朝の故地に首都を定めた。
韓国の歴史のなかで滅んだ王都が新生王朝の王都になったことがない。近代化とともに王都にまつわる地勢の信仰に変化が生じたのである。
江戸幕府の王都であった江戸が東京に改称して明治維新後の新生政府の首都になった。中華人民共和国も旧都が首都になった。このように国家レベルでは変化をみせているが、個人の住居では、その信仰はまだ生きている。
至幸や災害が訪れるのも、持って生まれたパルチャ次第、瓶のなかに隠れてもパルチャからは逃がれられないともいう。不幸をもたらすパルチャを変えるために易を見、神仏にすがる。八字とは八卦、8つの爻(こう)のことで、爻の組み合わせで運命つまりパルチャが決まる。爻は陰(--)と陽(−)を組み合わせて作る。
パルチャを迷信だといって笑い飛ばせるほど軽くはない。韓国の国旗である太極旗は4つの爻つまりパルチャで出来上がっている。太極旗はまさに八字、八卦の象徴であり、パルチャ(運命)をたどってきた国旗であり、そのデザインから国運の隆盛を願う気持ちが読み取れる。
旗の四隅に乾(けん)、離り、坎かん坤こんの4つの爻を配置し、中央には青と赤の曲玉が円まるく太極を描く。太極とは易学に基づく至幸を希求する形象であり、生命を生み出す、中国の易学から発した宇宙万物生成の根元で、旗の中央にある円、つまり太極のなかには陰と陽が共生している。
簡単にいえば、卵のなかに卵白と卵黄が共生し、それが生命を生む核になっているように陰と陽が生成の核になっているのである。
太極を形成している陽が同居しており陰を刺激し、生が生じるという。それを人間に例えれば、陽(男)が陰(女)を刺激し、摩擦を起こして新たな生命を生むことに通じる。
太極から生成された人間の運命は八字で決まるが、父母の不幸なパルチャを、生まれた子のパルチャで至幸に変えられるという信仰が根強い。男の子を多く授かるほど至幸を授かるという信仰は男尊女卑の儒教思想に支えられてきたが、それは先祖を祀る資格を男に与えてきたからである。祖霊供養の資格者である男児が至幸をもたらせる最短最良の存在として社会を形成してきたのであった。それは人権尊重の社会から見れば男尊女卑の社会であった。
太極旗が制定されたのは国勢が衰退する朝鮮王朝末の1883年であるが、国旗制定のきっかけは1880年8月、日本から帰ってきた修信使の金弘集が持ち帰った駐日清国参贊官黄遵憲の「朝鮮策略」からだという。そして1882年清国との間で国旗が話題になり、李應俊が日本の日の丸に似たデザインを披瀝したことから始まる。
日の丸を太極に変え、その四隅に4つの爻を配したのであった。
初期の太極は黒と赤であり(図1)、のちに黒が青になった(図2)。黒は陰(夜)、赤は昼(陽)であり、それが5方(東・西・中央・南・北)の東の色である青に変わり南の赤とセットになったのである。日の丸は紅(南)と白(西)であり、太極は紅(南)と青(東)であり、勝負の応援などでは、日本は紅白、韓国は紅青で青勝て、紅勝てと応援する。
パルチャに頼りたくなるほど国は衰退し、やがて大日本帝国に併合され、滅んでいったが、太極旗は大韓帝国、そして大韓民国へと引き継がれている。太極旗を国旗に定めた韓国は、いまや至幸への希求が叶い、その存在を高めている。科学的な論拠はないが、国の至幸を求めた先人の篤い思いが通じたと考えると心が安まる。
一方、朝鮮民主主義人民共和国は伝統的な至幸の哲学を放棄し、血の滾たぎるような新たな国旗を制定したが、その希求は蜃気楼のように不透明である。
国旗から国のパルチャを占うとこのような心象が浮かぶ。
金両基(キム・ヤンギ) 1933年東京生まれ。早稲田大学文学部卒。哲学博士。評論家・比較文化学者。韓国文化勲章受章。マスメディアで歴史問題、社会問題、演劇評論、地域社会問題などを論じる。著書―『キムチとお新香〜日韓比較文化考』など多数。
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