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2007年9月5日発行版
 
通信使の食材 「信使通筋覚書朝鮮人好物之写」4
鄭大聲
 
 

豚と猪(1) 幕府直轄領から供出

 豚と猪を準備するよう指示している。例えば豚=肉の味つけは大牢(牛)に同じ、大牢、小牢(羊、山羊など)の代わりに用いてよし。

   

 猪=ゆでて皮、肉ともに用いる。そのほかは食べない。豚の代わりに用いてよし、塩でゆでて、そのまま用いる。汁の時は、ごぼう、せり、いりこなどを、小口切にして取合せてよし。猪をゆで、牛肉のように塩にて食べるもよし。
〈信使通筋覚書朝鮮人好物之写を口語訳〉
 この時代、朝鮮では豚が飼育されていたが、日本にはいなかったことは初回にふれておいた。
 このため幕府の通達に沿って接待のための豚を九州の長崎から取り寄せたのは彦根藩であった。
 豚を取り寄せられなかったところでは野生の鹿や猪の準備に力を注いだことがうかがわれる。
 その一端を知る論文「朝鮮通信使と伊那の猪一、二、三」(正木敬二、伊那史学会1978年5〜7月号)がある。
 「尾張藩では使節を鹿の肉で供応するために、正徳元年(1711)6月26日、2500人の勢子を繰り出して平子山で棚落としという方法で16頭を生け捕りにし、7月3日には山法師山で1500人の勢子により四頭殺し、3頭生け捕っている。
 また三河田原藩(三宅氏1万2000石)でも、享保4年(1719)の使節来聘に際して、山狩りをして鹿の足12本を吉田宿(松平氏7万石)の賄所へ差し出した」
 朝鮮の国書を持った使節の供応には、沿道諸藩だけでなく、幕府直轄領からも猪を供出させた。
 通信使の来聘がきまると、伊那の直轄領を支配した飯島代官役所が、信参国境の坂部村、向方村、遠山六カ村、下条四カ村、西駒山系の村々に通達をだした。前年の冬に供出させた猪を塩漬けにし、岡崎または豊橋に馬に積みこんで送らせたのである。
 坂部村の郷士熊谷家の伝記によると、天和元年(1681)、正徳元年(1711)年、寛永元年(1748)に猪各一頭、明和元年(1764)には2頭が供出されている。熊谷家のみでこれを負担しているわけだ。
 このほか、飯島代官所から幕府領の村々の名主にあてた廻状によると、猪16頭を準備するよう、1年前から指示しており、猪肉の塩漬方法も具体的に記されている。
 (チョン・デソン=滋賀県立大学名誉教授)

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