| 蟻の兵隊 日本兵2600人山西省残留の真相 池谷薫著
この国の主役は誰か 評者 下川耿史
太平洋戦争が終わった後、中国大陸では日本の部隊が国民党と共産軍の争奪の対象になったことは、よく知られている。フィリピンなどでは全員捕虜収容所に収容されたが、中国では国民党や共産軍の兵士として組み入れられたのである。
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新潮社刊 定価1400円(税別) |
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それも一人や二人といった程度なら「相手の思想に共鳴して」とか「生きるために仕方なく」といった理由付けも可能だが、2600人の大部隊ではそうはいかない。戦争が終わった後に、なお戦争を続行しようというのだから、それを兵士に納得させる理念や責任が明示されねばならない。
中国山西省に駐屯していた北支那派遣軍第一軍の将兵約2600人はそういう状況下に置かれた。彼らはその後どうなったか、本書はそのテーマを追跡したルポである。
彼らは現地除隊という形で国民党の一部に編入され、共産党との戦闘では常に最前線に配置された。このため数百人の兵士が戦争後に戦死することになった。その中には八方ふさがりの状況下で、「日本人として恩を売ることが戦後復興のかてになるなら」と戦闘に参加した兵士も相当数いた。
しかしそれらはことごとくムダに終わる。なぜなら共産党との戦いを称揚した司令官、戦後復興の捨て石となるよう檄を飛ばした上官たちは次々に帰国。戦後も「そんなことをいうわけがない」と否定し、厚生省も、「戦争が終わった時点で帰国すべきで、その後の兵士たちの苦労は個人の責任」という態度をくずさないからだ。
本書の背景となった時代は、日本が天皇制から民主主義に激変した数年間である。しかし本書を読むと、この国の主役は天皇でも国民でもなく、役人や指導者であることがよくわかる。彼らにとっては律しやすい国民さえできれば天皇制でも民主主義でも構わないのだ。
下川耿史(しもかわ こうし) 風俗史家、1942年福岡県生まれ。著書に『家庭史年表 昭和・平成編』『家庭史年表 明治・大正編』『日本エロ写真史』『日本残酷写真史』など。
もう日本を気にしなくなった韓国人 伊東順子著
「いま」を疾走するコリアンたち
筆者・伊東順子は、韓国人の目は今、英語圏と中国に向いていると指摘する。語学学習者の数で見ると、日本語学習者は英語に次ぐ学習者数を誇るものの、中国語学習者が猛烈に追い上げている。
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洋泉社 定価780円(税別) |
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日本語学習者数が伸び悩んでいる理由は、ビジネスなどの「経済的必要性」から日本語を学ぶ人が減っているからだ。韓国の日本語学習者の動機は「カルチャー」に移行しつつあるという。
韓国で、英語と中国語の学習熱が高まっている最大の理由は、「経済的必要性」が高まっているからだ。
資源や農業に適した土地に乏しい韓国は、貿易に頼らざるを得ない。韓国最大の貿易相手国は中国。その次が米国だ。
以前から高かった韓国の英語学習熱は、もはや異常といえるまでになっている。「キロギアッパ」という言葉がある。キロギとは雁、アッパとはお父さんという意味だ。妻と子女を英語圏の国に送り、自分は国内で稼いだ金を仕送りに回す。韓国では珍しくもないことらしい。
最近では中国語の学習熱も高まっている。中国に語学学習目的で滞在する外国人のうち、もっとも多いのは韓国人。これは米国でも同じだ。韓国の人口は4800万人程度。語学学習のために国外に出る韓国人の多さがわかる。
伊東はまた、対日・対米・対中意識の変化も、韓国のナショナリズムにふれながら詳しく取り上げている。韓国の反日ナショナリズムは、薄れる傾向にあるという。伊東は、その理由の一つとして対日コンプレックスの克服を挙げる。
本書ではワールドカップの成功で、韓国人の対日観が劇的に変わったとしているが、この点には首を傾げざるを得ない。韓国の経済発展や韓流人気など、韓国人がよく口にする「国家ブランド価値」の上昇があって徐々に克服できたのだろう。
インターネットからの引用が多すぎることも、本書の印象をやや浅いものに感じさせる。
伊東は、本書の大半を割き、韓米関係と韓中関係を分析する。1990年から韓国に住む伊東は、韓国の国内報道や現地の声をふんだんに分析に用いた。最新の韓米・韓中情報が、本書にはあるといっていい。
(文化部・秋一紅)
青き闘球部 東京朝鮮高校ラグビー部の目指すノーサイド イジュンイル(李淳イル)著
落ちこぼれ軍団の奇跡
東京朝鮮高校ラグビー部の歴史を綴っている。同校ラグビー部のスタートから、都内屈指の強豪校に成長するまでを、関係者の話を挿みながら描いた。
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ポット出版 定価1900円(税別) |
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東京朝高ラグビー部の創部は1975年。朝高生は当時、一部の生徒が起こした暴力事件が新聞記事になるなど、「異様で、一種の恐怖感を与える」存在だったと筆者は言う。
監督の申鉉秀が盛んに登場する。監督就任当時、練習試合の相手となってくれる学校を探すのに骨を折った。後援会を立ち上げるためにも奔走した。在日朝鮮人として日本で生活していくため、生徒に「自信」を持ってほしいという申。よくある話だが、たとえば、テレビドラマ「スクールウォーズ」がヒットしたことを思えば、在日朝鮮少年版ストーリーとして、それなりに興味を惹く素材でもあるのだろう。
なぜ、ラグビーなのか? イギリスで生まれ、「少年を紳士にするスポーツ」といわれてきた。監督の申鉉秀もまた、“不良少年”たちを導く手段としてラグビーを選んだのだろう。
ラグビーの試合終了は「ノーサイド」と呼ばれる。試合が終われば、対戦相手を互いにたたえあう。敵味方どちらの側(サイド)でもないという意味だ。
『青き闘球部』の副題は「東京朝鮮高校ラグビー部の目指すノーサイド」。問題児の多かった東京朝高ラグビー部員は、ノーサイド精神で徐々にスポーツマンに変わっていく。著者・イジュンイルは、その過程をテンポよく描き出した。
(文化部・溝口恭平)
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