| 錯覚と茶番 6カ国協議の舞台裏
北朝鮮の核実験をうけて行われることになる07年末の韓国大統領選挙は、朝鮮半島の平和をどう維持し、発展させるのかということが焦点とならざるをえない。ハンナラ党の新政策「韓半島平和ビジョン」という謳い文句は、その限りにおいては当を得ているのだろう。
問題は、平和を維持する力がどのような理念によって支えられるべきかということだ。理念に“流行”などあろうはずはない。ハンナラ党はしかし、韓国内で草木もなびく親北朝鮮世論に迎合した。「時代に逆流する政党」でありたくないというのが彼らの本音なのだが、時代の流れはそれが大勢であったにせよ、結党の理念に照らして反するものであれば、そこに立ちはだかるべきが、本来の政党のありようではなかったか。
ハンナラ党の大統領候補、李明博も朴槿惠も重々、そのことを承知する人々であったはずだ。その彼らをして変質せしめるほどの変化が起こった。容易ならざるその変化とは、いつしか、金正日政権の存続を図りたい中国によって主導されはじめた6カ国協議と、その下で変節を重ねた米国の対北朝鮮外交であろう。
6カ国協議は、米国の中国に対する錯覚、つまり中国の圧力によって北朝鮮の核を封じ込めるという「チャイナ幻想」によって始まった。
中国の対北朝鮮政策はしかし、米国の幻想を次々とうち破った。気が付くと、金融制裁という最も効果的なカードを捨てた米国は、6カ国協議という中国主導の枠にしばられるだけの位置に後退していた。北朝鮮への関与が限界に達すれば、直ちに5カ国によって「懲罰連合」を形成するというブッシュ政権の思惑はもはや絵空事となった。
北朝鮮住民を見捨てるブッシュ政権 金正日には核保有の道
チャイナ幻想に敗れた米国
ブッシュ政権は、胡錦濤政権に金正日への思い入れがないのを見計らいチャイナ幻想を広げた。確かに、胡錦濤は、江沢民時代まで続いたような「血盟」の情を対北朝鮮外交に介在させていない。歴代政権のなかで、最も実利主義に徹した中国のリーダーは胡錦濤だと言っていい。その胡錦濤をして、「金正日体制」の崩壊は座視し得なかった。米国の力が朝鮮半島全域に及ぶのを嫌ったからだ。
胡錦濤政権の対北朝鮮政策の優先順位が「核放棄」ではなく、金正日体制の存続であることが分かったとき、ブッシュ政権は対北朝鮮政策の舵を大きく切り直す必要に迫られたと言っていい。北朝鮮を「ならず者国家」と規定して対北朝鮮政策を進めてきたブッシュ政権は、たとえば国務長官コンドリーザ・ライスが「北朝鮮は主権国家」と呼びはじめ、かつてクリントン政権時のオルブライトがそうであったように、金正日をまともな国のまともな元首として扱うようになっていた。
ブッシュ政権内に対北朝鮮政策をめぐって鋭い対立があったのは確かだ。米外交問題評議会の発行する『フォーリン・アフェアーズ』は、そのことを明らかにしている。
「米国の対北朝鮮路線をめぐる最大の問題は、抑圧国家としての問題を問わずに核開発問題に特化すべきか、それとも、すべての問題を解決するために政権交代策をとるべきかをめぐってブッシュ政権内に大きな対立がある」(05年7月号)
カーネギー国際平和財団シニア・アソシエートのジョセフ・シリンシオーネも対立の構図について述べている。
「核兵器の開発だけが問題ではないと考え、政権(金正日政権)を崩壊させることを目的に据える人々と、核開発問題の解決を目標に据え、政権の存続は認めてもよいと考える人々との衝突である」
国務長官コンドリーザ・ライスが対北朝鮮外交の舵を大きく切ったとき、シリンシオーネのいう米政権内で対立した一方が、敗れたことを物語っていた。
ライスは5カ月前の07年2月、訪米中の韓国ハンナラ党・朴槿惠元代表にこう語っている。
「米国の究極の目標は核問題だけでなく、北朝鮮人民を救うため北朝鮮を解放することにある」
この五カ月の間、彼女に何があったのか。朴槿惠に語った言葉に嘘がなければ、彼女は、というより「北朝鮮は主権国家」という彼女の提言を受け入れたブッシュ政権は豹変したことになり、北朝鮮住民を見捨てたことになる。
親北世論に迎合するハンナラ党
ブッシュ政権が豹変したわけは何か。「中国を抜きに朝鮮半島は語れない」。朝鮮戦争以来のトラウマともいうべきものが、ブッシュ政権にも生じていた。6カ国協議を、米国中心とする対北朝鮮包囲網から、金正日体制を保障する場へとレジーム・チェンジさせる中国の罠にはまったブッシュ政権がそこにある。
ブッシュ政権は07年2月以後、「核さえ捨ててくれれば、すべての望みを叶えよう」と北朝鮮に訴えてきた。国家としての威信も政権の面子もかなぐり捨てた米国の涙ぐましい努力はそれでも、実らせることができればまだいい。だが、この政権は最後の最後に決定的な過ちを犯すことになるかもしれない。7月、寧辺核施設を視察したIAEA事務次長のハイノネンは、合計1万6000本の使用済み核燃料棒がすべて再処理された可能性があると語った。この抽出済みプルトニウムの保管場所は明らかにされておらず、しかも高濃縮ウランによる核開発計画などのすべての核プログラム開示の道筋も付いてはいない。
忘れてはならないことがある。07年3月のニューヨーク会談で北朝鮮外務次官の金桂寛は、クリストファー・ヒルに“インド並み”に扱ってほしいと訴えていたことだ。06年3月に合意された米印核協定をモデルとし、北朝鮮は、米国を相手に核軍縮交渉―核協定の締結を狙っているのは明白だ。ブッシュ政権は“インド並み”要求を拒否したが、最終的には米本土を狙わないという条件で、北朝鮮の核を黙認するかもしれない。その際、保証人は中国となる。
黙認は“イスラエル方式”に通じる。
「金正日打倒策を中国に阻まれたブッシュ政権は、土壇場で、イスラエルの核を黙認しているように、表向き北朝鮮に核放棄宣言をさせて、裏で現存する核兵器には目をつぶるという密約を行うかもしれない」
ワシントン消息筋は見ている。
北朝鮮住民を見捨て、韓国ハンナラ党を混乱の淵に追いやりながら、米国は元の実利主義へと戻りつつある。
「親北朝鮮15年体制」
07年末の韓国大統領選の行方を占うスリルはもうなくなった。スリルを奪ったのは、ハンナラ党だ。7月4日、この党は金大中、盧武鉉も驚くほどの対北朝鮮包容政策「韓半島平和ビジョン」を掲げた。大統領選挙は結果がどうであれ、北朝鮮に関しては次期政権に政策上の決定的な変化が訪れることはないだろう。親北朝鮮15年体制への継続の始まりを告げることになるのはほぼ間違いない。自由韓国の浮沈を占う戦後最も重大な選挙が、かくも軽薄に流れようとしている。なぜか。米国の対北朝鮮政策における豹変が、ハンナラ党の変質を誘いだし、金正日体制とともに、韓国の親北朝鮮政策を保障しはじめたのだと見ていい。韓国の良識ある声が聞こえる。「アメリカの裏切り」だと。1945年の「8・15」直後、韓国で「日本が起きあがるぞ。ソ連に騙されるな。アメリカを信じるな」という言葉が広まった。62年後の今、国際社会を警戒した韓国人のその時の言葉は、事、米国に関しては当たろうとしている。
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