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2007年8月15日発行版
 
瓦解する NPT体制 −1−  イスラエルの秘密
 

フランスが助け、米国が黙認した

 モロッコ出身のイスラエル人、モルデハイ・バヌヌは1980年代、イスラエル南部ネゲブ砂漠にあるディモナの核施設で働いていた。
 核技術者であったバヌヌは、ディモナ原子炉でのプルトニウム製造にたずさわりながらも、次第にイスラエルのパレスチナ占領政策と、核開発に疑問をおぼえていく。
 1986年、パレスチナ人との平和共存を訴えるデモに加わり、解雇された。イギリスに渡ったのは2年後の88年だった。バヌヌは英紙『サンデータイムズ』に、イスラエルの核保有の事実を明らかにする。イスラエルが200発の核爆弾を保有しているというバヌヌの証言が、『サンデータイムズ』に掲載されたとき、世界は衝撃をうけた。
 イスラエル諜報機関「モサド」が動いた。モサドは、言葉巧みにイギリスからイタリアへと彼を連れだし、薬物を使うという強引な手口でイスラエルに拉致する。
 拘禁されたバヌヌに言い渡された罪名は「反逆罪」だった。罪名と18年という重刑が、バヌヌの証言の真実のほどを物語っていた。
 単身、イスラエル権力に立ち向かったバヌヌの勇気を称える声、イスラエルの仕打ちを糾弾する声が世界じゅうに広まった。アムネスティのイスラエル政府に対する告発が続いた。地中海沿いのアシュケロン刑務所に収容されたバヌヌは以後、18年連続してノーベル平和賞候補に挙げられた。
◇  ◇
 バヌヌの証言をきっかけとして、イスラエルの核開発の実態が次々と明らかにされる。
 たとえば米紙『クリスチャン・サイエンス・モニター』(98年8月12日付)は、イスラエルが少なくも200発の核弾頭を保有していると報じ、『ワールド・トリビューン・ドットコム』(2002年7月4日付)は、イスラエルの核兵器搭載艦隊創設の事実を伝えた。
 イスラエルの核は公然の秘密となった。イスラエルは否定も肯定もしていない。
 米国はイスラエルに核保有宣言を行わないよう警告し、イスラエルも沈黙を守るのが得策と考えている。アラブ諸国に核武装の口実を与えることになると、米国とイスラエルは恐れている。
◇  ◇
 イスラエルの核開発は1948年5月、イスラエル建国と同時に始まった。助けたのはフランスだった。
 1960年、サハラ砂漠でフランスは初の原爆実験を行ったが、このとき、イスラエルの核科学者が立ち会っている。この光景は1998年5月、パキスタンがチャガイ山地とバルチスタン砂漠の地下で核実験を行ったのとよく似ている。6回の実験のうち、少なくとも1回は北朝鮮による実験だったからだ。北朝鮮は1960年代、セミパラチンスク(カザフスタン)で行われたソ連の核実験にも、自国の核技術者たちを立ち会わせている。
 フランスが文字通りの“核商人”であった時代は長い。90年代、北朝鮮にも核セールスを行っている。北朝鮮が国連に加入する前、総代表部の相互設置を申し入れたのはフランスのほうであったのだが、その裏で原子炉の売却を申し入れ、購入するなら外交関係の樹立はいつでも可能だと金正日を促していた。もちろん、北朝鮮に原子炉を購入するカネなどなかったが、フランスは諦めずにいた。「彼らはわれわれの核開発を心待ちにしているのだ」金正日は言ったという。
 イスラエルが、フランスから天然ウラン重水型の研究炉IRR2の供与をうけたのは1957年だった。フランス・イスラエルのこの秘密の核協定を、米国は気付かなかったが、知った後は、気分を害しながらも黙認した。米国の黙認は、国際社会のイスラエル追及の道を塞いだ。イスラエルの核は、フランスが助け、米国の黙認の下に保持され続けている。
 核不拡散体制を瓦解に追い込んでいるのは、北朝鮮、パキスタン、イスラエルなどのNPT非加盟国だが、瓦解の芽をつくりだしたのは米国、フランス、ロシアなど、NPTが認める核保有国であるという事実は、日々深刻さを増している。
(編集委員・梁基述)
  
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