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砂漠化する草原 追われる遊牧民
少数民族政策の下で
冒頭シーンから観客の目を釘付けにさせる。想像したはずの大草原はなかった。モンゴルの高く青い空と、低空に流れる雲の下に広がるのは、砂漠化の進む荒涼とした大地だ。
映画は、砂漠化の進む草原に住む遊牧民一家が、遊牧を続けるか街に移住するかで苦悩する様子を描いていく。中国の少数民族が置かれた状況がどのようなものか、よく描かれている。
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| 風の音と乳を攪拌する音しか聞こえなかったが・・・(写真提供・フォーカスピクチャーズ) |
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漢族の少数民族自治区への流入はまさしく洪水のような有様で、それは内モンゴルに止まらず、朝鮮族自治州にも、チベット自治区にも及んでいるのだが、映画のテーマはそこにある。
漢族の“国内”での移動は、法的に問題があるわけではない。少数民族の生活文化が漢族の民族移動によって破壊されているのだとすれば、この国の少数民族政策「民族識別工作」に重大な過ちがある。映画はそれを告発している。このテーマは敬遠されてきた。「白い馬の季節」はようやく、タブーを破ったと言える。
中華人民共和国が成立してから30年余りの間で、内モンゴルの人口密度は3倍にはね上がった。草原の面積は過去30年で半分以下になった。定住型の農耕に適さない草原で、漢族が農耕・牧畜を始めたからだ。今や漢族は、巨大な資本を投下して、さまざまな工場の建設を進めている。
干ばつ続きの内モンゴル自治区で、遊牧民のウルゲンと妻のインジドマ、息子のフフーは、経済的に厳しい生活を送っている。仲間の遊牧民は次々と街に移ったり、幹線道路沿いでヨーグルトを売ったりしている。
遊牧生活を続けようとするウルゲンは、年老いた白馬のサーラルを売って現金を得ようというインジドマの提言を拒絶する。ウルゲンは、苦肉の策として、秋季用の牧草地に移動しようとするが、政府の方針で禁じられてしまう。役人の「牧草地を砂漠化から保護するため」という理由は、もっともらしく聞こえる。
中国官吏たちの腐敗は深刻だ。拝金主義以外の何物でもない、この国の「社会主義市場経済」。漢族たちは都市部に集中するパイに群がっている。ここから弾かれた人たちは、地方に存在するパイを手に入れようとする。無秩序な乱開発がそれだ。開発のための役人へ賄賂がはびこる。
映画の前半部分、風の音と羊の乳を攪拌する音しか聞こえなかったウルゲンのパオの前に、真っ赤に塗られたトラックと、けたたましくドラを鳴らす楽隊が現れる。
いきなり現れた楽団に驚いたサーラルはいななき、縄を振りほどいて逃げ出す。
トラックと楽団は漢族を、サーラルは遊牧民をそれぞれ象徴しているのは明らかだ。逃げ出したサーラルは、漢族が設置した鉄条網に絡まり動けなくなる。
「おまえは私に名誉と栄光、そして幸福をもたらした」
映画の終盤、ウルゲンはサーラルに語りかける。堂々とした体躯と、日焼けした精悍な顔を持つウルゲンが、つぶやくように語るシーンは、この映画のクライマックスといっていい。
10月6日から、岩波ホールにて公開。
(文化部・秋一紅)
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