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2007年7月18日発行版
 
読書  BOOK TIMES
 
 

山のある家 井戸のある家  東京ソウル往復書簡
津島佑子 申京淑著  きむ ふな訳

2人の心地よい時間差 読者にすがすがしさ
評者 斉藤真理子

 申京淑と津島佑子は2人とも、「けはい」の作家だ。一言でいうなら、「命を全うせず早く死んだひとびとが、異なる姿で周りに存在しているような」(申さんが津島さんの小説によせた言葉)、そんな世界を描きつづけてきた女性作家だ。2人が2006年の1年間に、東京とソウルの間でかわした往復書簡が1冊にまとめられた。

集英社 刊
定価1900円(税別)
 
   

 韓日の四季、日々の雑事、社会と世界へのきまじめな問いかけ。そしてとりわけ、親しいひとびとの愛しさと痛みにみちた記憶が、共通の通奏低音となっている。
 申さんのお母さんはお話がとてもうまく、しかし文字が読めない人だった。少女時代の申さんはそのことに気づかなかった(認めたくなかっただけなのかも、と作家は言う)。それをはっきり認めざるをえなくなったとき、「異常なほどの母の教育熱が一瞬に理解でき、同時に膝が割れるような痛みを味わいました」と彼女は書く。一方津島さんには、15歳で亡くなったダウン症のお兄さんがいる。今も記憶の中に生きる彼は、「兄といると、世界は魔法に充ち満ちているように感じられました」と妹が書くような人だ。
 北朝鮮の核実験や少年たちの自殺事件もさりげなく手紙に織り込まれる。「考える」「書く」「暮らす」の3本の糸が3つ編みに撚られ、微妙な色の紐となる。2人の作家は東京とソウルにあってその長い紐の両端をもち、「あやとり」をしているようだ。この紐はまた、韓国語と日本語と、そして何語にも属さない「けはい」の3つ編みでもあるのだろう。
 往復書簡という形式のよさは、大きな「すきま」が手紙と手紙の間に入り込んでいることだ。対談とちがい、2人の間の心地よい時間差が読み手にはすがすがしい。この風通しのよさが、本書の身上だ。この1冊で2人の文章にはじめて触れた人は、津島さんの『ナラ・レポート』や申さんの『離れ部屋』もきっと読みたくなるだろう。

 さいとう・まりこ 随筆家 新潟市生まれ。著書に『入国』(民音社=1992年刊)などがある。『入国』は日本人が初めてハングルで書き、出版された詩集。韓国で出版された当時、読者から絶賛された。

 


黄海道の涙 引き裂かれた母と娘の六十年
山田 寛著

置き去りにされた「北朝鮮残留孤児」
評者 鈴木琢磨

 ようやく、という思いで、この本を読み終わった。ここで扱われている「北朝鮮残留孤児」は、もっと早くにその問題の存在が広く知らされてしかるべきテーマだった。日本人妻や拉致被害者はクローズアップされてきたが、なぜか残留孤児は置き去りにされた感があった。中国残留孤児に比べれば、その数は少ないとはいえ、同じ悲劇である。ちょっと想像力を働かせれば、気づくはずだった。

中央公論新社 刊
定価1600円(税別)
 
   

 著者は元読売新聞記者、現役時代はサイゴン、バンコク、パリ特派員を経て、アメリカ総局長をつとめた腕っこきの国際ジャーナリストである。いまは大学で教壇に立っているが、その勤め先でたまたま耳にしたのが、この日本に北朝鮮残留孤児の母がいるとの情報だった。ジャーナリストは心をゆさぶられて、取材を重ねた。その証言者のなかにはかつて私も話をうかがった人がいる。すでに老境にある彼らが、なんとか歴史にこの事実を刻みつけておきたい、の一念で思い出したくないであろう思い出までを語ってくれたのを覚えている。「はじめに」で、著者は〈彼らへの「共感の歌」を記した〉と書いている。よくわかる。
 さて、その引き裂かれた母と娘のドラマは壮絶である。肉親の再会、国家に翻弄されつづけ、それだけの素朴な願いすらままならない。歴史とはそういうものなのだ、と冷徹な目もあるかもしれないが、著者は運命を切り開こうする親子を温かく見つめる。やはり、圧巻は北にいる娘からの手紙だろう。
 〈夕方、家族で夕食をとり、ラジオから流れる面白い平壌ニュースや歌を聞いていても、お母さん、お兄さん、お姉さんたちのことを思って、心がいっぱいになってしまいます〉
 彼の国では肉親の情を「人質」にするのである。その残酷さ、非道を改めて思う。
 最後にひとつ、私がずっと気になっていることがある。金日成は残留日本人の一部を新国家建設に「利用」したのではないかという疑問である。それはいまも闇の中にある。

 すずき・たくま 59年滋賀県生まれ。毎日新聞編集委員。著書に『金正日と高英姫』(イースト・プレス)『テポドンを抱いた金正日』(文藝春秋)など。

 

北京大学てなもんや留学記
谷崎 光著

巨大な途上国 中国で見た一流大学の実態

 北京に留学した日本人女性の体験記だ。著者の谷崎光は、日本の大学を卒業し、中国貿易商社勤務を経て北京大学経済学院・対外漢語学院に学んだ。
 日本で会社勤めの経験がある著者は、留学生にしては、周囲の学生たちよりは年齢が高い。彼女は、クラスメートたちの議論の輪から一歩外にいて、もよう眺めしている。それがいい。

文藝春秋 刊
定価1619円(税別)
 
   

 熱くならず、中国の大学とそこに通う学生たち、そして学生たちが卒業後に進む中国の姿を、遠近法さながらに描いている。
 「一流の学生、二流の老師(先生)、三流の管理」とは、北京大学の恩師の言葉だ。
 今年に入ってから中国食品の危うさを伝えるニュースが目立つようになった。野菜の残留農薬が基準値をはるかに超えている、風邪薬に猛毒が混入されていた、肉まんの具の6割に溶かしたダンボールを使うなど、中国の食の安全に対する世界の信頼は失われたといっていい。米国では、自社製品に「チャイナ・フリー(中国からのものは含まれていない)」という表記をつける企業も現れた。
 著者は「三流の管理」を食品の安全性無視の理由の一つに挙げている。ところがである。「一流の学生」たちが将来「三流の管理」を行うのではないかと本書は警鐘を鳴らしている。読者は不安に駆られるだろうが、本書に盛られたエピソードに目を向けざるを得ない。
 大学生4人に、将来役人になってマンションの2つ3つの部屋を賄賂に贈られたらどうするかと尋ねると、3人は「それくらい受け取る」と答えたという。実利的・合理的すぎる中国人の一面をのぞかせる。怖いエピソードだ。
 「社会主義市場経済」は、官僚たちにも地位の安定をもらしたといわれるが、彼らは急速に腐敗しはじめていた。腐敗の背景には、他人よりも裕福な生活を送りたいという虚栄心もある。著者はその虚栄心を「プライド」という言葉で説明している。中国人の特性を考えるとき、正確ではないように思える。
 日本人以外の留学生のエピソードも興味深い。韓国人、欧米人、東南アジア諸国の人や、世界各国の華僑など、それぞれのお国柄を反映した苦労話も、本書の見所である。
(文化部・溝口恭平)

 


みなしご玉子 インドのアチャールくん
ある少年の路上サバイバル哲学
小暮満寿雄著

底辺でたくましく生きる

 アチャールくんは、インドの首都コルカタ(旧カルカッタ)に住む少年だ。彼は孤児で、いわゆるストリートチルドレンである。なぜそうなったのかは不明だが、とにかくアチャールくんはたった一人でコルカタの街でたくましく生きている。
 インドという国をイメージすると実に多様な姿が浮かび上がってくる。といっても、筆者は深くインドについての知識があるわけではないので、そのイメージは断片的なものにすぎないのだが…。

情報センター出版局 刊
定価1100円(税別)
 
   


 インダス文明、仏教、カースト制度、多人種、映画、ガンジス川、IT産業、数学、0(ゼロ)の発見、カレー、紅茶、高温多湿の国に暮らす八億の人々、タージマハール廟、そして、ヒッピーなどが脈絡なく思い浮かぶ。
 このイメージを見事に集結させ、展開してくれたのが、アチャールくんの物語だ。
 著者はアチャールくんと周囲の人々を描くのに、「漫画」という表現方法を選んだ。インドのコルカタという街とそこに生きる人々の発散する強烈なエネルギーが視覚にストレートに伝わってくる。文章で語るよりも、インドの風土と人を強く感じさせるのではないだろうか。アチャールくんは一見、インド人には見えないのだが、凛と見開いた大きな瞳に、キュッと結んだ唇が、ただの子供でないことを感じさせる。
 貧しく、一人ぽっちで、家もなく、その日の食事に事欠く暮らしでも、誰にも頼らず生きていく決意に満ちている少年。騙されても、踏みつけにされても、プライドを捨てずに生きるその姿に思わずエールを送りたくなる。といって彼が正義の味方というわけではない。生きるためなら、なんだってやる。ハーシュシの密売などお手のものだ。この物語には、いわゆる善人は登場しない。
 カネがあり、お人よしで、なすべき何かを求めてインドをさまよう日本人、ハルオ。いたんだろうな、こんな人。インチキ預言者に群がる日本のマスコミ、女たらしのインドの映画スター、神さままで登場する奇想天外なストーリーの面白さにひかれ、一気に読み終えてみれば、そこには混沌とした魅力的なインドと、キリリと眉をあげ、明日を見つめるアチャールくんがいた。
(文化部・松村牧子)

通信士の食材  「信使通覚書朝鮮人好物の写」3
『復刊 戰ふ朝鮮』
編集・解説 宮田浩人
『めぐみさんたちは生きている!   「北朝鮮拉致」家族会・救う会10年の戦い』
家族会、救う会編著
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