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2007年7月11日発行版
 
わが同胞(はらから)の心象 葬送記−15−
金両基
 
 

焚焼 なお残る仮面のいのち  父子相伝の不思議
1000年生き残った河回仮面群

 韓国の仮面には同じ物がなく生き生きしている、といった言葉に出あったのは大学の卒業論文を書いているときであった。なぜ同じ物がないのであろうか、という疑問が解けたのは仮面の焚焼儀(ふんしょう)礼を知ったときである。

両班
白丁
 
       
僧侶
ソォンビ
 
   
河回仮面群 焚焼を免れ、韓国の国宝に指定されている唯一の仮面群。切り顎が特徴で、11面ある(木彫仮面)  
   

 仮面をすべて燃やすので雛形が残らないはずだが、仮面劇が再演されるときは同じ仮面が作られるという。見本がないのに同じ仮面をどのように作るのか、非科学的なその話に納得がいかなかった。その謎が解けたのは釜山の水営野遊劇(スヨンヤユノリ)の伝承者崔漢福翁を訪ねたときである。
 1966年の初夏、釜山の水営に住んでいた崔漢福翁宅を訪ねると、72歳の翁は床に伏せていたが快く迎えてくれた。外国から野遊劇の調査に来たのはあなたが初めてであるといいながら、野遊劇伝承の唯一の伝承者であった翁は、自分が健在のうちに水営野遊劇を復活させたいというあつい思いを語った。そして翁の案内で水営野遊劇の仮面を保存している趙徳周さんの家を訪ね、そこで新造の11種11面の水営野遊劇の仮面と対面した。水営でも仮面は野遊劇を演じ終わると、村落の平穏と無事息災を祈る徐厄の火祭りで燃やしていたので古面は一体も遺っていないと崔翁は語った。新しい仮面はみな趙徳周さんの作品であったが、その経緯を拙著から引いておく。
 趙氏自身は、かつて一度も野遊劇に出演したことも、野遊仮面を作ったこともない。たまたま、趙氏の厳父が存命中、マルトギー役を演じたり、野遊仮面を作っているのを見て、厳父の亡きあと、往事の記憶たよりに見よう見まねで作品をつくり、それを崔漢福翁が助言をし考証したのだという。(『朝鮮の仮面 III』新興美術出版、1967)。
 崔翁は「確かな記録や証拠はないけれども、自分の見聞と体験からすれば絶対に間違いない」といい、野遊劇を演じたこともその仮面を作ったこともない趙徳周が作った仮面を「亡父の作品と瓜二つであることから、仮面製作は父子相伝なのであろうか」と不思議がっていた。わたしは崔翁の話は本当かと趙徳周さんに聞いてみると、かれは笑みを浮かべているだけだった。
 この神がかった仮面造りの話に韓国の仮面の生気の源泉をわたしは感じた。仮面は焚焼されてもその姿と形は人間の脳裏に刻まれ、再現されると信じたのであった。疑心を差し込む隙間のない信仰空間で仮面のいのちは復活し、継承されてきたのである。人力をもっては再現できない仮面を神力の働きで再現できると信じて疑わなかったのである。寸分たがわぬ仮面を作っていると信じていても、物理的には新しい変化、創造が生じる。それが韓国仮面を彩る生気なのである。それは焚焼によって創造された仮面の生命(いのち)であったが、焚焼の儀礼がなくなり、古い仮面を見本にして仮面が作られるようになると仮面は残るようになったがそれと引き替えにその魅力、生気は姿を隠してしまった。
 焚焼儀礼を免れて生き残ってきた仮面がある。韓国で唯一の国宝に指定されている河回仮面群11面で、英国のエリザベス女王が訪問したこともある安東の河回洞(ハフェドン)に伝えられてきた。世界遺産に指定されている河回洞で行われてきた村祭りの河回別神(ハフェビョルシン)クッ(巫祭)に使用されてきた仮面は、高麗末葉(中葉という説もある)に作られた木彫仮面であり、無数の祭りで使われてきたが焚焼の儀式を免れてきた。日本の舞楽面のように顎が別造りになった釣り顎(切り顎)の仮面で、韓国には類例がない最古の仮面である。榛の木で彫られた仮面の上に手漉きの韓紙ハンジを貼って茶褐色に塗り、使用後に色を塗り替えることによって焚焼の儀礼を免れた、というのがわたしの仮説である。つまり、古きいのちを閉じこめ、それによって新たないのちを生み、いのちを連続させてきたのである。詳しくは拙著『韓国仮面劇の世界』(新人物往来社、1987)に譲る。
 世界遺産に指定されている韓国の仏国寺の本尊は千数百年の時を越えていまも金色に光輝いているが、それは肌を塗り変えているからである。京都の33間堂の諸仏のように肌の金箔が剥げ落ちたままだと仏力が弱まりご利益が無くなるからだ。仏力を弱めないために塗りかえる作業は日本でも行われてきた。日本の能面にも色を塗りかえる実例があり、京都の金閣寺が20年ごとに金箔を張り替えている。もし、33間堂の諸仏の肌を金色の肌に塗りかえたら大騒動になることは間違いないが、塗りかえや張り替えを止めるようになったのは、わびさびの美学の浸透普及に深く関わっている。
 仮面や仏像などには災いをもたらす邪鬼や病原体を御身(仮面や仏像)に吸い取り、寿福増長をもたらす力があり、その力を発揮すると穢れや災いを吸い取って御身が汚れる。その穢れを人間は焚焼や色の塗りかえなどによって祓い落として力を蘇生させる。聖水という言葉が語るように水にもその霊力があり、汚れや穢れを祓う力がある。そうした信仰が異次元と今生の営みを円滑に進め、延命と生命の蘇生に繋げてきたのである。

 キム・ヤンギ 1933年東京生まれ。早稲田大学文学部卒。哲学博士。評論家・比較文化学者。韓国文化勲章受章。マスメディアで歴史問題、社会問題、演劇評論、地域社会問題などを論じる。著書―『キムチとお新香〜日韓比較文化考』など多数。

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