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2007年6月13日発行版
 
わが同胞(はらから)の心象  葬送紀−14−
金両基
 
 

仮面の焚焼
月明かりの下  蘇生を願う神事

 韓国の仮面にとって焼かれることは栄耀であった。使い終わったまま年越しをすれば蘇生の道は閉ざされ、そのときから仮面の生気は消えると古人は考えていた。
 韓国の仮面は神事である仮面劇を演じる都度作られ、演じ終わると焚焼(ふんしょう)されて今生での務めを終えて他次元の世界に葬送された。焚焼は永遠の別れではなく蘇生するための神事、儀礼であった。

釜山海雲台海岸で行われた「月の家焼き」(撮影=水谷慶一)
 
   

仮面に付いた災禍を祓う

 かつて、鳳山では夜を徹して演じ、夜明けの東の空が明けるころ、煌々と燃え盛る篝火に仮面を投じ、全員がそのまわりを囲んで、厳粛にして敬虔に、なんども合掌礼拝をくり返しながら終了儀式を行った。(崔常寿著『韓国仮面の研究』、韓国語)

 と民俗学者の崔常寿さんは日本の植民地時代に現地で行われていた鳳山仮面劇の様子を報告しているが、そこには仮面劇が神事であった面影が漂っている。
 このくだりからは真っ暗闇なのか月明かりの下なのかわからないが、神事は満月かその前後の夜に演じられることが多い。月明かりだけでは仮面の動きや表情、演戯がみえにくい。そこでマダン(演戯場)の回りに篝火を焚き、その灯りに照らされて演じたのであった。現代の劇場照明とはちがって、神秘性が醸され、神と人が一体化された空間を作り上げたのである。
 神と人が出あい、いっしょに時を過ごす祭り空間を神遊びというが、この遊びには悪戯や悪ふざけなどのマイナスの意味は希薄で、穢れのない心で神と交わり時を共有する空間なのである。その空間で人間は自分に宿っている邪心を取り払い、心の浄化を行ったのであった。それは心身ともに幸せを得、授かるための知恵でもあった。
 古人は人の力を越えたところで幸せや不幸、災害がもたらされると信じ、それをコントロールしている神や霊、怪物などの存在を信じるようになり、それを祀って邪を祓い、慶福招来を祈願したのである。仮面劇はその有効な方法であった。仮面の力で邪鬼やタル(?・T’al・災禍)を追い払ったのであった。
 韓国語で仮面をタルといい、災禍もタルというが。仮面を用いてタル(災禍)を追い払っているうちに追い払う役の仮面をもタルと呼ぶようになった。
 これはわたしの仮説であるが、いまは有力な語源説になっている(拙著『韓国仮面劇の世界』、新人物往来社 1987)。
 仮面には追い払ったタル(災禍)がこびりついており、それを仮面から取り除かなければ仮面は健全な状態を維持しにくく、災禍を取り除く力も弱くなる。それでは困るので、仮面にこびりついた災禍を取り除かなければならない。焚焼は災禍を取り除き、仮面の力を維持する方法だったのである。
 人間も病魔などの災禍に襲われて生霊を支えきれなくなると、その肉体を土や風や火の力を借りて取り除いて骨を清くする。浄化された骨から生命が蘇ると信じたのである。焚焼に付された仮面は、年を越えて仮面劇を演じるときがくれば新たに作られ、蘇生されるのである。それをくり返しながら仮面のいのちは連続させ、仮面劇を伝承してきた。
 ネパールで行われるヒンズー教の神事である仮面戯のナヴァ・ドゥルガで使った仮面は焚焼し、その灰を聖なる川底の粘土に混ぜて保存し、翌年に新造される仮面の素材に混ぜて使う。
 こうして仮面のいのちを連続させるが、韓国ではそのようなことをしない。韓国では仮面のひな形も残さないのに、寸分たがわない同じ仮面を再生すると信じられたが、それは信仰的には可能であったが、物理的には不可能なことである。
 でも、かつての仮面作者はひな形や見本がないのに全く同じ仮面を作っていると信じていた。が、微妙な変化が生じている。その変化が仮面の創造性を豊かにしているから面白い。
 それが韓国の仮面の大きな魅力になっていたのだが、現在は仮面を焼かず、見本をみながら作るから型の継承はスムーズだがその分だけ味わいや創造性が欠ける。
 伝統的時代は、旧正月の15日の満月の夜、村ごとにタルチブテウギ(月の家焼き)という火祭りが行われ、円錐形に組み立てたタルチブ(月の家)を焼いた。
 タルチブには正月に使った凧や藁人形、遊び道具などを吊し満月が姿を現すと点火してそれらにこびり付いた不浄を焼いて浄化した。そのために古い仮面や人形、玩具などが遺っていない。日本で行われている小正月のどんど焼きや左義長も同じ流れを汲む火祭りである。
 わたしは幼いころ数年父母の故郷で生活したとき、その神事に参加したがその後ほとんど行われなくなった。
 かつてNHKの水谷慶一さんからタルチブテウギの撮影相談を受けてアドバイスし、釜山の海水浴場で観光用に再現された(写真)。燃え上がるタルチブの回りを人々が遠くから囲み闇夜を照らす火の霊力に歓声を上げているが、そこには往年の神秘的な火の霊力は影を潜めていた。浄化と焼却の相異なる2つの力を秘めた火の霊力が、いのちの蘇生に広く深く関わってきたのである。

 キム・ヤンギ 1933年東京生まれ。早稲田大学文学部卒。哲学博士。評論家・比較文化学者。韓国文化勲章受章。マスメディアで歴史問題、社会問題、演劇評論、地域社会問題などを論じる。著書―『キムチとお新香〜日韓比較文化考』など多数。

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