| 21世紀の通信使 ソウル−東京 友情ウォーク
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400周年を記念し、ソウル昌慶宮明政殿で行われた朝鮮通信使3使任命式で臣下の礼を受ける王(4月15日、写真=ソウル支社・李民皓) |
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再現された通信使の行列 |
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日本に出発する前に「海神祭」を行う |
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通信し待ちわびた江戸時代の人々
江戸時代初期、朝鮮王朝が日本に外交使節団を派遣した。「朝鮮通信使」だ。現在、通信使を題材にしたイベントが行われている。これらのイベントは、毎年、韓国と日本の各地で催されているが、最初の使節団派遣から400周年を迎える今年、どの行事も例年以上の盛り上がりを見せている。
400年前の朝鮮通信使は、ソウルから釜山までを陸路で、釜山から大阪までを海路で移動。大阪から東京までは主に東海道を経由した。韓日友好のため、朝鮮王の国書を携えての来日だった。
「通信使がやってくる」
当時、先端の文化・知識を吸収しようと、多くの日本人が通信使の宿営地を訪ねたという。特に文化面では、半島の文化・芸能人が多数同行していたこともあり、日本人に少なからぬ影響を与えた。
近江八幡に残る朝鮮通信使の瓦人形や、三重の唐人踊り、毎年8月、対馬で行われる「厳原港まつり対馬アリラン祭」など、日本各地に通信使の足跡が残る。
朝鮮半島と日本の為政者レベルでの公式な交流は、室町時代から行われていたといわれる。一時中断していたが、豊臣秀吉による朝鮮出兵の戦後処理をしようと、徳川家康と朝鮮からの使者が話し合いの場を持ったことがきっかけで、朝鮮通信使は派遣された。
「韓日両国は、400年以上前に朝鮮通信使という名前で善隣友好の関係を形づくり、様々な分野で交流し、繁栄を模索していた素晴らしい歴史がある」
朝鮮通信使文化事業会の会長を務める許南植釜山市長は言う。韓日平和を希求し、国書を携えて玄界灘を渡った通信使が今によみがえる意味は、韓日平和の促進にある。
同事業会の姜南周委員長(前釜慶大学総長)は「(通信使は)韓流の原点」と、文化交流の側面も強調した。
通信使の通った道をたどろうと、韓日の有志も独自のイベントを行っている。「21世紀の通信使 ソウル―東京 友情ウォーク」だ。
韓日両国合わせて1090キロの道のりを、現代の通信使は歩く。友情ウォークには、韓日合わせて42人が参加している。平均年齢は60歳を超える。
18日現在、蔚山付近を移動中で、26日に大阪から日本の地を歩きはじめる。
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