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2007年4月11日発行版
 
わが同胞(はらから)の心象  葬送記−12−
金両基
 
 

紙榜(チバン)と神主(シンジュ)
子孫守り  位牌に宿る不滅の霊魂

 山が崩れるほど泣き叫んで死者との別れを悲しむ喪主たちが、命日や名節に祖霊を位牌に招いて行われる祭祀(チェサ)では慎ましく静寂に供養をする。その落差はどこから生まれたのであろうか。
 葬送の悲しい惜別が過ぎると、霊魂が身近にいて子孫を見守っているという霊魂不滅の信仰が蘇って来るからであろう。死別しても親子の深い絆になっている「孝の精神」が生き続けているからである。

神主 亡くなった先祖たちのために木でつくった位牌。栗の木を用いることが多い 『東亜世界大百科事典』より
 
   

 霊魂不滅の信仰は仏教や儒教、道教などの外来宗教が伝来する以前のシャーマニズムにもうかがえるが、それが朝鮮王朝時代儒教の礼法の「孝」と深く結びつき、仏教やキリスト教などの宗教的イデオロギーを越えるほど浸透し、宗教を越えて慣習として定着した。
 儒教が朝鮮王朝の国教になってから『朱子家禮』の礼法が冠婚葬祭に影響を与え孝の精神とそれまでの伝統が渾融して韓国の伝統をはぐくみ、『朱子家禮』の礼法をそのまま踏襲したのではない。
 霊魂は不滅であるから、死後も生前と同じように敬い、もてなすのである。
 霊媒者などの特殊な職能者をのぞけば、朽ちた肉体から永遠に飛び立った霊魂の存在を確認した人はいないのに、それが存在していると信じている人は多い。
 古人は霊魂を魂魄(こんぱく)といい、生きているときは魂、身体から飛び出した死者の霊魂は魄と名づけ、2つを合わせて魂魄と呼んでいる。
 紙榜(チバン)や神主(シンジュ)などの位牌、そしてお墓を住処にしているのは魄である。
 わかりやすく言えば、生きている人間には魂魄が宿り、来世では分離して魄の一つになり、人間界に生き返る。蘇生するのは魂ではなく魄ということになる。理屈ではそのような絵解きをしても、生活のなかでは魂と魄の境界線はかなり曖昧である。
 魄と出あい、その存在を感知し、しかもその心を読み、魄との交流が可能だという優れた職能者でも、魄の存在を科学的に客観的に証明できないのに、霊魂不滅の信仰は生き続けた。魄は子孫たちが招くと何時いかなるときでも身近に戻ってくると信じている。
 位牌は魄の住処の一つであり、位とは死霊、牌とは場所であるから位牌とは死霊が宿る場所のことである。
 つまり、位牌やお墓を住処としているから、わたしたちは位牌を身近に祀り、お墓をつくるのである。困ったときに助けを求め、慶事が訪れると祖霊に報告し感謝の気持ちを伝える。
 1995年に韓国放送のKBS海外同胞賞を受賞し賞金を頂いたとき、親族たちから先祖のお陰で受賞したのだから賞金の一部を先山(ソンサン、一族の墓地)の整備に回すようにいわれ、わたしはそれに従った。そこには父母の墳墓もある。
 位牌は木で作られるから、神主はまさに位牌であり、紙でつくられた位牌の紙榜は木に比べると保ちにくい。
 神主の大きさは幅2寸(約66ミリ)、高さ8寸(約270ミリ)、上部は半円形に下部は方形の栗の木の板でつくるのが一般的で、平素は嗣堂(サダン)に安置されている。神主は木版であるから長持ちするが、紙榜は祭祀の都度つくり、祭祀が終わると焼くのでのこらない。
 寝起きをする部屋と離れた所や別棟に嗣堂を設け、そのなかに神主を安置する(写真)。
 写真の神主は祖父母と父母の4体であるが、神主は1人に1体、夫婦は隣り合わせに立てる。1つの神主に2人を併記することはない。
 生活にゆとりがない家には嗣堂がない。嗣堂があっても毎日お水や供物を供えることはほとんどなく、扉はときおり新鮮な空気と入れ替えるために開けるが平素は閉じられ、静寂のなかにある。
 生花を供える習慣もなく、平素出入りすることはほとんどない。祭祀の日が訪れると嗣堂を掃除して供養の準備を整え、神主の前に同じ文字を書いた紙の位牌を立てて祭祀を行う。
 祭祀が終わると紙の位牌つまり仮の神主は祠の外で燃やす。
 木の位牌である神主は再生などの特別な理由がないかぎり燃やすことはない。
 わたしは祭祀の都度、紙に書いた位牌を、供物を供えた祭床(大きなお膳)に立てて祭祀をおこない、祭祀を終えると紙榜を庭で燃やし天空へ送る。紙榜を燃やす焚焼(ふんしょう)は人間の火葬、荼毘(だび)に通じる清めの葬送である。
 伝統的時代の韓国では死者が生前に着ていた衣装を庭や野原で燃やす。それは死者へ送り届ける儀式であり、同時に清めの儀式でもある。そのために残っている古い衣装が少ない。日本のように、花嫁が、祖母が着た花嫁衣装を着るようなことはなかった。

金両基キム・ヤンギ 1933年東京生まれ。早稲田大学文学部卒。哲学博士。評論家・比較文化学者。韓国文化勲章受章。マスメディアで歴史問題、社会問題、演劇評論、地域社会などを書き語る。著書―『キムチとお新香〜日韓比較文化考』など多数。

食ものがたり(95) 山芋 1
 山野に自然にあるのを自然薯(じねんじょ)と呼び、栽培種の山芋と区別する。中国では山薬、韓国では「マ」と呼ばれる。
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