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救助要請を無視 「韓国行、無理ですね」
非情、無情 中国の韓国公館
拉致されるか、朝鮮戦争で捕虜となり北朝鮮に置かれている韓国人は、日本人拉致被害者ほどには救いの手は差し伸べられていない。特殊なケースとして、数十年ぶりに北朝鮮を脱出した者もわずかだがいることはいる。だが、彼らの発したSOSを駐中国韓国公館の職員らは冷淡に扱い、甚だしくは全く無視している。ソウル支社=李民皓
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外交通商部に抗議に訪れたヤン・チョンジャさん(1月5日=聯合ニュース) |
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「助けてほしい」と公館にかかってくる救助依頼の緊急電話に応じる職員たちの態度は概ね次のようなものだ。
(2006年12月。拉致された漁民・崔ウギルさんの場合)
「私の携帯番号を誰から聞いたのですか」(瀋陽領事館職員。男性)
(2000年4月。拉致された漁民・李ジェグンさんの場合)
「税金は払っているのですか。どうしても韓国に行きたいのなら密航してください」(青島領事館職員。女性)
(1998年。朝鮮戦争時に捕虜となった張ムファンさんの場合)
「あー、無理ですね」(北京大使館職員。女性)
公館職員たちの対応はざっとこんなものである。誠意のかけらも感じられなかったと奇跡的に韓国への生還を果たした人々は言う。
最も痛ましいのは、捕虜として長く北朝鮮に抑留された韓マンテクさんの場合だ。04年12月末に脱北した彼は、延吉のホテルで韓国から来た甥に会う予定だった。しかし、現場で中国公安に逮捕され、北朝鮮に強制送還されてしまった。韓国に住む韓さんの家族は逮捕の事実を政府に伝えたが、外交的解決をはかる姿勢すらみせなかった。いよいよ非難の声が高まると、政府は外交部の担当課長を問責し、事態の収拾に乗り出した。ところが韓さんは、既に北朝鮮に送還された後だった。
韓国民は、拉致被害者、捕虜抑留者たちに対する政府の非常識な対応に憤慨している。
北朝鮮生まれの脱北者ならまだしも、韓国にいて拉致された正真正銘の「国民」を、あれこれと理由をこじつけ、救助をサボタージュしたのだ。外交部がいかに弁明、謝罪の類を繰り返したところで市民は納得しようはずもない。
脱北者と大使館、領事館職員たちとの会話は動画で公開された。政府が国民保護の義務を放棄していることは弁解の余地すらない。動画は決定的証拠となった。インターネット上で討論を交わすネチズンたちは、中国公館の職員を「大使館女、領事館男」と名付けた。外交部のホームページとポータルサイトの掲示板は、抗議文一色だ。女は「(方法は)ない」との一言で一蹴し、男は自分の携帯番号が出回ることを真っ先に心配した。
崔ウギルさん(67)=75年拉致=の脱北に関わった「拉北者家族の会」代表・崔成龍さんは、先月25日と28日に協力を要請する公文を外交部に送った。しかし、何の音沙汰もなかったと言う。崔代表は、政府当局が拉致被害者・戦争捕虜抑留者たちに対する基本的認識や愛情がないことを原因に挙げ、「拉北者の専門機関を設置すべきだ」と語る。
2日、崔さん夫妻がSOSを発した動画が公開された。領事館男は「(本国からの)通報が届いていない。確認後に連絡する」と応じている。しかし、夫人のヤン・チョンジャさんが帰国する当日(3日)まで、領事館男からの連絡はなかった。
こうした一連の動きについて外交部当局者は「領事館の電話対応が不親切ではあったが、政府は崔さんの件を放置した訳ではない」と否認。崔さんが無事に帰還したら真相を明らかにしたいと語った。外交部では、宋旻淳長官と担当局長などが相次いで国民に対して謝罪し、瀋陽領事館の監査を実施した。在外国民保護対策の強化など、事態収拾に乗り出したが、反発の声は依然収まる気配はない。
一方、ヤンさんは5日、外交部への抗議訪問を行った。とろが逆に、統一部職員から咎められることとなった。
「おばさん、そんなに新聞に出たら北朝鮮に残った家族はどうなると思いますか」 と、責められたというのである。ヤンさんは「がく然としました」と、あまりの対応に言葉をなくした。
拉致被害者に対する見識、在外国民に対する政府の保護意識は皆無と言っていい。「被拉致・脱北人権連帯」の都希侖事務総長は憤りを隠しきれない。
「米国国防部の戦争失踪者司令部正門には『我々は決してあなたを忘れない』という文言が刻まれている。これが強大国米国と韓国の差だと見るべきだろう。実に嘆かわしい限りだ」
帰還した漁民、崔ウギルさんは75年、東海沖でイカ釣り漁船「チョンワン号」の乗組員だったが、拉致された。先月25日に北朝鮮を脱出し、中国に渡った。今月2日、ヤン・チョンジャさんと31年ぶりに再開した席で、瀋陽総領事館にSOSを求める電話を入れた。
「大使館男」から冷遇されたのはこの時だ。当時の通話シーンを映し出した動画が韓国のマスコミに公開され、波紋が広がった。現在は中国公安から「韓国人漁民と脱北経緯」などに対する調査を受けており、今日明日中にも帰国するものと見られている。 2000年以降、韓国に帰還した漁民の拉致被害者は、崔さんを含む5人。
2000年に李ジェグンさん、02年陳ジョンパルさん、03年金ビョンドさん、05年高ミョンソプさんたちだ。彼らは皆、「拉北者家族集会」など、民間団体の協力を得て脱北に成功した。
ハンミちゃん一家悲劇終わらず 単身中国に去った母
「感動的な話だ」
ハンミちゃん一家の北朝鮮脱出劇を聞いてブッシュ大統領は言った。昨年4月28日、ホワイトハウスでブッシュ大統領がハンミちゃんを思わず抱擁したシーンは記憶に新しい。ハンミちゃん一家の脱北は、米政府の脱北者救援を決意させる大きな契機となった。
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一家が脱北した当時2歳だったハンミちゃんも今年は小学校に入学する。韓国で平穏に生活しているはずの一家に何が起きたのか…。写真はブッシュ大統領とハンミちゃん(06年4月28日・ホワイトハウス) |
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ハンミちゃん一家は99年に脱北した。01年3月、一度は中国当局の手で北へ強制送還されたが、同年八月に再び脱北。翌02年5月には中国・瀋陽の日本総領事館に逃げ込もうとして失敗し、再度中国公安に逮捕・拘束された。鉄扉の向こうで泣き叫ぶハンミちゃんの写真は世界じゅうに伝えられた。
中国当局は国際世論の圧力をうけ一家を釈放、半月後、ハンミちゃんたちは韓国に入国した。一連の経過は韓国でドキュメンタリー映画にもなった。
歳月が流れた。誰もが彼女たちの幸福な韓国での生活を想像することができた。そのハンミちゃん一家が昨年秋、崩壊した。ハンミちゃんの母、李ソンヒさんが、夫と子供を置き去りにして単身中国に渡ってしまったというのである。
複数の脱北者消息筋によると、李さんが一家の持ち金をすべて持ち出し雲隠れしたのは事実だという。
「ハンミちゃんと父親の金グァンチョル氏の2人はソウルに住む(母方の)祖母の家で暮らしているようだ」
ハンミちゃん一家の家庭事情を知るある脱北者が教えてくれた。ハンミちゃんの母方の家族とは、01年に韓国に帰国した張キルスさんの家族だ。グァンチョルさんは、数回にわたって連絡先を変更し、外部との接触を避けているという。ハンミちゃんの家族は昨年まで全羅南道・順天で暮らしていた。
母の李さんは今中国で暮らしているといわれるが、はっきりとした確認はまだとれていない。1億ウォン以上に及ぶ所持金で、中国某所で食堂を経営しているという噂があるだけだ。ある脱北者は言う。
「外部にはあまり知られていないが、夫婦の間には深い亀裂が入っていた。そんな中、家族の支援をしてきた韓国人男性と不倫関係になった。そのことと母親の失踪が関係あるかどうかは分からないが、2人が脱北者を相手に詐欺まがいのことをしていたのは事実で、挙げ句の果てハンミちゃん家族の生活費のすべてを持ち去った」
ハンミちゃん一家崩壊の真偽のほどはまだ分からない。
亡命地韓国での生活が、他の脱北者同様、李さんに何らかの苦痛を強いたのか、あるいは、単なる不倫騒動にしかすぎないのか。
問題をめぐり脱北者同志会など脱北者関連団体のホームページ上では議論が沸騰している。
02年5月8日、中国公安にとらえられた母を、鉄扉から悲しげに見つめた2歳のハンミちゃん。この1枚の写真は、「脱北者の悲しい現実」を世界中に知らしめる象徴的なイメージとなった。
今春、ハンミちゃんは小学校に入学する。幼い少女の心には「母に捨てられた子供」という傷が刻まれた。幸せな脱北家族の代名詞としてメディアに映し出されたハンミちゃん。彼女の悲劇はまだ終わっていない。
韓国の拉致被害者
大きく2つに分けられる。朝鮮戦争(50年6月25日〜53年7月27日)で捕虜となった人と、戦後に拉致された人々だ。捕虜抑留者は約8万人だったが、南北間の捕虜交換によってほとんどが帰還した。統一研究院「北朝鮮人権白書2006年版」によると、未帰還者は1651人。このうち546人が今も北朝鮮で生存しているものと推定されている。
戦後の拉致被害者総数は3790人。うち3305人は帰還し、485人が拘束中との集計が出ている。(統一部資料によれば、現在、北朝鮮に抑留されている戦後の拉北者を職業別に分類すると、434人の漁民が最も多く、それ以外では69年の大韓航空乗務員および乗客、70年代後半は西海岸沖で拉致された横田めぐみさんの夫、金英男さんなどの高校生だ。国家情報院によると、脱北者による供述などで生死の確認がとれた拉致被害者数は103人であるという。
韓国政府は、戦後の拉致被害者問題に対し、05年6月〜7月、金剛山赤十字会談の場で「戦後の行方不明者について協議・解決する」との内容で北朝鮮側と合意した。しかし、政府は彼らを「特殊離散家族」として定義づけている。問題解決に対してきわめて消極的な姿勢を見せていることから、世論では「国民放棄」として非難されている。
脱北者の現状 見果てぬ夢
2006年9月現在、韓国に住む脱北者は8905人になった。今年中に1万人を超えるのは確実だ。大韓民国の国民となっても区別される1万人。彼らが決死の思いで北朝鮮を去るときには、コリアンドリームを胸にいだいていたに違いない。しかし、「希望の地」韓国にたどりついた人たちが平穏な暮らしを手に入れるには、まだまだ険しい道のりが続くようだ。
編集部
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