| 韓国人の戦い
「戦争は誰のものであったのか」という疑問がある。最近では東大大学院教授の藤原帰一氏が「正しい戦争はあるのか?」と米国のイラク戦争に対し疑問を投じた。「正しい戦争」などあってはたまらないが、人間の尊厳を賭して犠牲を受け入れねばならなかった人々の義憤がある一方で、人間の尊厳よりも戦争の大義を優先すべきだとする政治家たちの論理が存在し続けた。そうした彼我の関係の下で開かれた戦場が歴史と世界の大半を占めた。前者と後者を戦争の名の下に同断するわけにはいかない。安易な反戦論は前者の犠牲の意味を矮小化するし、空疎な平和論は後者の政治的野望を覆い隠す。休戦状態下にある韓国では、今、朝鮮戦争の起源と開戦の責任を不明にした空疎な平和論に満ちている。 (論説主幹・李泳煥)
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開戦4日目にソウルを占領した北朝鮮軍。写真はソ連製T−34/85戦車 |
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戦争 生まれない平和、金正日の野望
戦争は誰のものであったのか」という問いかけは、古くは、ベルサイユ会議(第1次大戦後)に向けられたし、今も続いている。米国の歴史家ハリー・バーンズや、ドイツの歴史学者フォン・リヒトホーフェンといった著名な人びとが、戦勝国の歴史観に疑いを抱いた。「科学的、経済的な超大国になったドイツを解体することに目的があった戦争ではないのか?」
ベルサイユの口述命令条約は第31条で「強いられた戦争」と規定した。英、仏が仕掛けられたドイツの戦争であったというのである。
ウィンストン・チャーチルは、第2次大戦下、ロンドンが空爆にさらされる中、「この戦争はイギリスの戦争であり、そのゴールはドイツの破壊である」と言い切った。チャーチルは好戦論の象徴的人物とされ、論争を深めるきっかけをつくった。
戦後少なくともドイツの中で論争に決着をつけた人がいる。チューリンゲン大学の政治学教授ルドルフ・エッセンブルグだ。
「第2次大戦の責任問題は、学術的には明快であり、歴史学のテーマではない。それどころか、ヒトラーが疑問の余地なく、唯一この問題に責任を負っていたと認識することが西ドイツ政治の土台である」(1960年3月)
旧西ドイツ市民にとって学術的論争の行方はどうでもよかった。西ドイツ政治の土台とすべき戦争責任の明確化こそが重要なのだと、人びとはエッセンブルグの言葉で気づかされた。
第2次大戦の結果、分断国家となったのはドイツと韓国だけであり、韓国は分断国家として戦争を経験した。エッセンブルグの言うような、韓国政治の土台とすべき朝鮮戦争の総括はなおさら必要であったし、国民の総意としてあり続けてきた。それが今、急速に失われようとしている。昨年11月、次期統一部長官・李在禎の放った言葉は深刻である。
「6・25が南侵の戦争であったかどうか言えない」
李在禎の発言は大統領・盧武鉉の意を表したにすぎない。盧武鉉は、韓国の歴史を「正義が敗北した歴史…」と就任以来、陰に陽に言い続けている。李在禎と盧武鉉の言葉を繋ぎ合わせれば、朝鮮戦争は金日成の正義の戦争で、それが挫折せしめられたことが韓国の敗北であったということになる。盧武鉉政権がこれまでの「韓国政治の土台」を突き崩そうとしているのはもはや明らかだ。
昨年、北朝鮮はミサイル発射と核実験を強行した。アジアで戦争の危機を最も予感させたこの半島ではしかし、南北で緊張度の違いを見せつけた。国際社会の制裁に報復を喧伝する北朝鮮とは対照的に、韓国では、政府が「北朝鮮の核は自衛手段で、われわれを狙ったものではない」と言い、国民はと言えば、物見遊山よろしく、悠然と38度線を越え金剛山見物に出かけた。そうした光景が世界に映し出されたとき、国際社会は首を傾げざるを得なかった。韓国人のこの太平楽は何故か?と。
やはり、10年になろうとする親北政権の下で北朝鮮に対する緊張感が政治的に解体されているのだ。
金大中―盧武鉉政権が解体しようとしているのは、韓国人が朝鮮戦争で体験した諸々の事だ。
朝鮮戦争は30億ドルの経済損失と300万人もの死傷者を出し、民族分断を決定的なものにした。
だが、休戦ラインは必ずしも不幸の産物ではない。38度線で韓国人がくい止めたのは、共産主義を標榜する全体主義だ。休戦ラインのおかげで韓国は経済的繁栄と、自由主義の価値観と、民主主義理念を守ることができた。北朝鮮を反面教師とすることで朝鮮戦争を対象化することができたし、戦後営々と自らの価値観を築き上げることができた。もし、理念の境界線が南に下っていたら、韓国人は全体主義に呪われていただろうし、今日の経済的繁栄もなかっただろう。北朝鮮体制は、結局は崩壊したであろうが、それまでの間、政治犯収容所は三千里江山の津々浦々に生まれていただろうし、韓国人は飢餓に苛まれただろう。それを休戦ラインでくい止めたのである。盧武鉉政権が解体しようとしているのは、そうした韓国人の諸々の戦争体験であると言っていい。
韓国人は「同族相残」の悲劇を言い過ぎた。韓国人だけが味わった悲劇のように。これは「民族共助」を宣伝する盧武鉉政権の思いの壺であろう。古今、同族内の敵を除かずして一国をなさしめた民族はない。
朝鮮戦争は韓国人にとって仕掛けられた戦争で、その意味では金日成の戦争だったが、今日しのびよる北朝鮮の戦争挑発に対しては、「韓国人の戦争」として身構えるべきだろう。チャーチルが言うように、そのゴールは金正日体制の破壊でしかない。
好戦論者で知られたチャーチルが、実は戦争に対する考えを反戦の観点から始めたという事実はあまり伝えられていない。彼の考えを改めさせたのは、ロシア革命後のエストニアの民族独立運動を軍事的に支援した経験とヒトラーの登場であった。「ファシズムはコミュニズムの影であり、その醜い嫡子である。戦争をなくすための戦争はあり得る」
エッセンブルグは同感した。「ネオ・ナチの脅威とヒトラーの亡霊、そしてスターリン主義のそれを取り除く作業の中でしか東西ドイツの再会はあり得ない」
過去からのメッセージは現在の韓国人が至言とすべきものだ。
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