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2006年6月7日発行版
 
民団の自負
 
 

 5月17日の民団中央・河丙ト団長と朝鮮総連・徐萬述議長の共同声明があって以降、民団各県本部の中央本部に対する批判が吹き荒れている。批判は止むようすがない。
 河丙ト団長らは朝鮮総連と「和解」をうたい、民団員たちから歓迎されると思ったのだろうか? だとすれば、民団という組織のあり方と、民団員たちの意識のありようを余りに知らなすぎたといえる。
 団員たちは疑念と不信に満ちている。数十年にわたって「和解」の障害となってきた問題ははたして取り除かれたのかという疑問と、なぜ今になって機関決定を行わず、各本部とのコンセンサスをも経ず謎だらけの会談を行ったのかという不信である。
 民団、総連は共に「権益擁護」の団体であったはずだ。総連はしかし、在日朝鮮人の「権益」を守るべき本来の立場から大きく逸脱し、北朝鮮の金日成・金正日政権の利害をはかることのみに汲々としてきた。結果、在日朝鮮人子弟への「民族教育」は金日成・金正日崇拝教育へと貶め、傘下商工人たちには、その経済活動を困難たらしめるほどに、北朝鮮への送金を強要した。その莫大な資金が北朝鮮民衆に何ら役立っていないことは、数十年におよんでうち続く飢餓状態ともいうべき人びとの困窮が物語っている。
 総連のそうした方針は、日本社会に実害をもたらしもした。傘下盟員たちに、辛光洙の日本人拉致を幇助させ、北朝鮮がらみの麻薬取引に手を染めさせている。徐萬述議長ら総連指導部はこれらの問題に何ひとつ釈明していないのである。河丙ト氏たちが高らかにうたった「和解」は目眩ましでしかない。各県本部の怒りはそのことに向けられている。怒りは、そうした現状でなにゆえの「和解」なのかという疑念に根ざしている。畢竟、民団は北朝鮮擁護団体に堕落するのかという重大問題なのである。創団60年の歴史で、民団は最大の危機を迎えたと言っていい。営々と築いてきた民団の価値観と民団員の自負が崩壊するやもしれない重大局面に、なぜ、各県本部が座していられるのか。本紙は各本部の怒りを理解する。


「和解」という目眩まし

 民団員は、「和解」という目眩ましに気づくべきであろう。
 「民団員にとって分裂がよかった」などと言っているのではない。だてに総連との対決を存在させなかった民団のリアルな歳月があったということを言いたいのである。
 図らずも38度線の南側で韓国国民の立場となった民団員は、分断・分裂の歳月の中で、人権意識と、それを守るべき理念を培ったのだ。古今希にみる全体主義と、それに呪われた組織を間近において、民団は自分たちが気づかぬうちに自由の本質をつかみ取る能力を養ってきたはずなのだ。今回の事態に疑問を投げかける各団長たちの声を聞いてそれは分かる。
 河丙ト団長と、彼をとりまく親北朝鮮とおぼしき活動家たちは民団をみくびり、見誤ったといえる。
 河丙ト氏とて本来、民団員としての自負はあったはずだ。氏は団長へと上り詰める過程で、自分をとりまく親北朝鮮とおぼしき活動家たちに貶められたかもしれないのである。
 想起すべきである。70年代、民団東京本部や神奈川本部が、「民団自主守護委員会」をつくり、民団の分裂をはかったことがある。「反独裁民主化」の名の下に、民団を北朝鮮外郭団体へと誘おうとしたのだ。当時の東京本部団長・鄭在俊氏や、韓昌圭氏、それに朝連時代からの梁相基氏らがこれに加わった。
 だが、彼らに政治の夾雑物はあっただろうか? 鄭在俊氏らが、政治にまみれすぎたと振り返ろうとしたとき、「民団自主守護委員会」は北朝鮮に忠誠を誓う勢力の手中に落ちていた。鄭氏らはこの勢力と袂を分かったと聞く。
 「ある意味で、朴正熙や全斗煥より、金日成のほうがもっとたちが悪いかもしれない」
 朴烈をして「真の無政府主義者」と言わしめた故梁相基氏の慙愧に堪えぬ晩年の言葉である。
 民団自主守護委員会を立ち上げた人びとの開けっぴろげな政治への感情は人間としての隙をつくったといえる。北朝鮮はこれに乗じた。北権力の南北合作戦術からすれば赤子の手をねじるも同然であっただろう。
 70年代の騒動は民団に組織としての教訓をのこした。この組織はしかし、しばらくすると教訓を忘れた。そしてまた、同じ南北合作戦術にはまり、鄭氏や梁氏の嵌った同じような罠にかかろうとしている。仕掛けた側も同じ人物か、その影響下にある者たちだ。だが、被害はそのむかしよりは大きい。ターゲットにされたのが中央本部だからである。


開けっぴろげの好もしさ

 民団は各県本部の危機感で辛うじて最悪の事態を免れるだろう。そしてまた、数年を経ながら危機感をうすれさせ、再びまた、同様の脅威にさらされるかもしれない。
 民団は組織として一枚岩であったためしがない。県本部が中央本部を、支部が本部をしばしば突き上げ、悪し様に物を言って憚らなかった。組織として隙だらけに見える。だが、本紙は好もしくそうした組織を見ている。人間集団として健康診断は良好なのだから。
 政治に疎く、組織として甘いこの民団は、人間集団として喜怒哀楽に満ち、時おり、うんざりともさせるが、それがまた、たまらない魅力ともなっているのだ。そこが、北朝鮮、総連とはちがうのだと、民団員たちは、情けなく思いつつ、大切に感じているのだ。各県本部はそうした団員たちの思いで支えられているということを忘れてはなるまい。
 民団を総連組織のごとくに欲する人びとがいて、今回の事態はもたらされたのだろう。民団員はそれを「野合」と見て拒否したということを、河丙ト団長たちは認識したほうがいい。河丙ト団長たちは、もう一度民団の自負を思い起こし、組織の原点に立ち返って総連との将来あるべき理想を探るべきだ。成すべき真の和解と、その前提となるべきものが何かを見極めろということだ。本紙は民族の和解と統一は望むところである。しかし、そこに某かの不純物が入るならば、断固、これを排除すべく筆を執るつもりである。

 
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