盧武鉉大統領の4月25日の特別談話には驚かされた。日本との全面対決をほのめかしていたからである。
中でも「(日本の)物理的な挑発に対しては断固対応する。必要なことはすべてやる。いかなる費用と犠牲を払っても妥協できない」とした発言は異様ですらある。
これは、経済報復と軍事対決を言っているにほかならない。それが可能なのか。日本は人口で韓国の2.5倍、GDP(国内総生産)では4倍だ。
軍事力はなおさら言うまでもない。日本の国防費は韓国の3倍であり、自衛隊は東アジアで唯一イージス艦を持ち、早期警報統制機、P‐3C海上哨戒機などの軍事用電子システムをアジアで最も多く備えている。『ミリタリー・バランス』の軍事力評価は日本を、空軍力で米・露・仏・英に次ぐ5位、海軍力では米・露に次ぐ3位に置いている。
軍事力に勝る国が、外交の場で威力をちらつかせることはあるだろう。軍事力に劣る国がそれをやれば愚の骨頂だ。
今回の談話は、一国の大統領としては余りにも軽々に過ぎた。「匹夫の勇」を奮う指導者と、周辺国から見下されたとしても仕方あるまい。日本の政府関係者は「言葉遣いは荒いが次官級会談の内容をひっくり返すものではない」と軽くいなしている。小泉首相などは「未来志向で考えたほうがいい」とまるで取り合わぬ格好だ。ようするに見透かされているのだ。
韓国はかねて「独島を紛争地域にはしない」とする方針を取ってきた。だが、国際社会はもはや独島が韓日の紛争対象になったと認めはじめている。新華社通信は「実を取った日本と、名を取った韓国」と評し、ワシントン・ポストは「子供じみた韓国、大人の対応見せる日本」と書いた。今回の談話でそうした見方はさらに広がるだろう。
外交力の無さが災いしているのだ。盧武鉉政権にいま最も必要なのは、「犠牲を払う」覚悟ではなく、まさに外交に向けた努力なのだ。それは、独島問題を政権強化に政治利用しすぎたあまり、疎かにされてきた問題である。盧武鉉政権は外交政策を立て直し、次の政権へと渡すべきだ。一に国際世論へのはたらきかけである。それは外交の最大の力となる。韓国の経済力は戦争への出血には堪えられないが、国際世論を喚起するには十分な展開をしているのだから。
悠然と構えればいい。独島が紛争地域と見なされたにしても動じることはない。独島を日本の行政権から外すとしたGHQ覚書はいぜん有効である。サンフランシスコ条約も領有権を棚上げしている。少なくとも独島は日本から行政上分離されたまま、韓国が実効支配してきたではないか。ことさら「独島は我が領土」と声高に叫ぶ必要もない。独島問題は、このままでは、おそらく決着を見ることはあるまい。日本はICJに付託すると言っている。たとえ韓国が応じたとしても、ICJとて問題を持てあますだろう。そのことは当の日本が承知のはずだ。だからこそ外交への努力が必要であり、それが生きると考えられるのだ。
日本もこれまでの行為を見直すべきだ。韓国を挑発していては何も生み出せまい。たとえば、海洋調査で、安倍官房長官は「他の問題に言及しないよう互いに冷静な対応が肝要だ」と強調しながら、韓国側と事前協議を行おうとはしなかった。「竹島」を紛争地域化せずには領有権を世界に誇示することができないという本音がまる見えなのだ。日本もまた底意を国際社会から見透かされていることを小泉政権は知っておいたほうがいい。
韓日漁業協定の締結以来、41年もの間、独島・竹島周辺の海は穏やかだった。一時期、両国はこの島を公園化し共同管理しようとしたこともあった。「小異を残し大同に着こう」日中国交正常化で故周恩来首相の言った言葉だ。「小異を捨てる」のではなく、「残す」という中国の叡智を借りるべきだ。
珍宝島(ダマンスキー島)、カシミール、フォークランド(マルビナス)。領土・領有問題はいずれも火を噴いた。韓国と日本は世界の経験を知恵にできるはずだ。
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